つまらない講義なら居眠りすればいい、それは受講者の責任ではない
スタンフォード大学の心理学者であるキャロル・S・ドゥエックは、人間には、「固定的知能観」か「拡張的知能観」かの、いずれかの心の有り様があり、それによって、その人の能力は決まってしまうというと主張しています。
固定的知能感(fixed-mindset)の持ち主とは、自分の能力は固定的で、もう変わらないと信じている人です。彼等は、自分の能力はこの程度だから、努力しても無駄だとみなします。また、自分が他人からどう評価されるかが気になり、新しいことを学ぶことから逃げてしまう心の有り様の持ち主です。彼等が学ぶのは、それが自分にとって利益になる場合です。つまり、これを知らなければ仕事がこなせない、収入が減るなどの場合です。
一方、拡張的知能感 (Growth-mindset)の持ち主とは、自分の能力は拡張可能であると信じている人です。彼等は、人間の能力は努力次第で伸ばすことができると信じ、たとえ難しい課題であっても、学ぶことに挑戦する心の有り様の持ち主です。彼等は、好奇心旺盛に自らテーマを作り、学ぶこと自体を楽しむことができます。
このような、「自分の能力や知能についての心の有り様」=「知能観(Mindset)」が、学習についての意欲を左右し、能力の獲得や育成に大きな影響を与えるという考え方です。研修はこの異なる知能感に対して考慮しなければなりません。
固定的知能観の持ち主に対しては、自分の役割や価値について理解させ、学ぶことへの動機付けを与えることからはじめなくてはなりません。一方、拡張的知能観の持ち主に対しては、好奇心をかき立て新たな気付きや新たなチャレンジへの筋道を示してあげることが大切なのだろうと思います。当然、ひとつの講義に両者が混在するわけですから、両者への対応を意識しなければなりません。そのあたりが、講師の腕の見せ所ということになるのでしょう。
ただ、両者に共通することがあります。それは、「学ぶかどうかは本人の問題である」という点です。限られた講義時間の中で知識を増やすには限界があります。だから、講師は、受講者が自ら学ぶことへの意欲をかき立て、きっかけを与えることです。そして、将来にわたりどのように学べばいいかの筋道を示すことです。だから、きっかけを与えることのできないような、つまらない、退屈な講義をしてはいけないのです。
面白い、楽しい、息をつけないといった「演出」は講義にとって極めて重要な要素です。内容がどれだけ優れていても受講者に「気持ちの壁」を作らせてしまっては、きっかけを与えられません。特に固定的知能観の持ち主は、それでなくても学ぶことへの意欲が高いとは言えませんから、つまらない講義は本人には無駄な時間になってしまいます。
資格を取るための研修、一定の成績がとれなければ明示的に人事評価が下がる、昇進できないなどの具体的な不利益が存在する場合は、講義への意欲が嵩上げされていますから、演出もそこそこに論理性や価値を担保した内容であれば、それでも何とかなるでしょう。しかし、そうでないとすれば、やはり演出も研修の大切な要件として完成度を高める努力が必要なのです。
くどくどと書きましたが、言いたいことは明快です。
「講師は退屈させるような講義をしてはいけない。」
そういうことです。
「今日の受講者は意欲がない。すぐ居眠りする。とんでもない連中だ。」
などと講師は口を避けても言ってはいけないのです。居眠りの8割りは講師の責任です。「講義がつまらないから受講者は居眠りをする」という自覚のないの講師は、講師としてのプロ意識が欠如しているといえるでしょう。
講義は中身だけでは成り立ちません。内容の価値、わかりやすい伝え方や表現、そして講義に惹き付ける演出。この3つが揃ったときに「いい講義」になるのだろうと思います。なかなか難しいチャレンジです。だからこそ、講師という仕事はやり甲斐のある仕事なのだと思います。
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