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プロセス、戦略、人間学の視点からプロジェクトを眺めます。

自らとメンバーの「心の健康」を守る

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こんばんは、プロセスデザインエージェントの芝本秀徳です。

「3つのC」
です。

といっても、「戦略の3C」のことではありません。

プロジェクトはつねに大きなプレッシャーにさらされています。そのプレッシャーのなかで、どうやって「心の健康」を保つかは、マネジャーの大きな関心事の一つです。きょうは、マネジャー自身と、メンバーの心の健康を保つための考え方についてです。

■ プロジェクトは構造的にストレスフル

プロジェクトとは「有期性」と「独自性」で定義されます。つまり、納期があり、繰り返しがないことが特徴です。時間的なプレッシャーを感じながら、やったことのない新しいことに取り組まなければならないのが、プロジェクトだということになります。

「有期性」と「独自性」のあいだに挟まれながら、成果を出すことを求められるプロジェクトマネジャー、そしてメンバーには、精神的なタフさが求められることは言うまでもありません。

こうして考えると、プロジェクトというものは、構造的にストレスにさらされるものであるということができます。マネジャーはこのことを理解しておく必要があります。

■ 自分とメンバーの「心の健康」を守らなければならないマネジャーという仕事

メンバーの心の健康は、マネジャーの関与の仕方次第でまったく違ってきます。もちろん、メンバーにも家族があり、さまざまな背景を持っています。そのすべてをマネジャーが把握し、配慮することはできません。しかし、生活の大きな時間を占める「仕事」に関しては、マネジャーにできることは少なくないのです。

とは言え、それができるのもマネジャー自身の心の健康が保たれていてのことです。マネジャーは自分の心の健康を保ちながら、メンバーの精神的ケアをしなければならないという、むずかしい立場に置かれているといってよいでしょう。

■ マネジャーとしての反省

私自身、若いときに、メンバーが「うつ」になってしまうまで、知らず知らずのうちに追い込んでしまったことがあります。QCDを満たし、メンバーを成長させようと思うあまりに、高い要求を課し、結局、休職や退職に追い込んだことがありました。

自分ではメンバーのことを気遣い、成長を願っているつもりでも、それが独りよがりだったのです。メンバーのことを見ているつもりでも、見ることができていなかったのです。

私がプロジェクトマネジメントにおいて、「プロセス」「戦略」とともに、「人間学」に重きをおいている背景の一つには、この反省があります。

人間の心というものは、そう簡単に理解することはできません。臨床心理学の第一人者であった故・河合隼雄氏も、その著書『こころの処方箋』のなかで、「人のこころなどわかるはずがない」と述べられています。

しかし、だからこそ、人の心というものを理解しようと努めることが、マネジャーとして大切なことなのです。「人のこころはわからない」という前提で、「人を使う仕事」の責任を果たすのがマネジャーです。

■ 心の健康を守る「3つのC」

マネジャーとして、自らとメンバーの心の健康を保つためには、プレッシャーにさらされたとき、心が落ちこんだときに、考えや気持ちを整理し、精神的な苦痛を軽くする方法を知ることが有効です。

その方法論として、「心理療法」「精神療法」と呼ばれるものがあり、なかでも「認知療法」「対人関係療法」は、うつ病に効果が高いとされています。さらにこれらの方法は、うつ病の兆候がある人だけではなく、それ以外の人が日常のちょっとした気分の落ち込みに対処するのにも役立つものです。

精神科医で、「認知療法」の第一人者である大野裕氏は、『「うつ」を治す』のなかで、心の健康を取り戻すためのキーワードとして「三つのC」、すなわち、

(1)認知(Cognition)
(2)コントロール感覚(Control)
(3)コミュニケーション(Communication)

を大切にしていると述べられています。

この考え方は、マネジャーとして、自分自身とメンバーの心の健康を保つためにも、とても有益です。

では、この「三つのC」について、私のこれまでのプロジェクトの経験とともに、紹介したいと思います。

■ 認知(Cognition)

「認知」とは、ものの考え方、捉え方のことです。同じ出来事であっても、その捉え方によって、まったく違った「現実」として、人は受け取ります。人は主観から逃げることはできません。自分のフィルターを通じて、現実を見ています。

人は強いストレスにさらされると、悲観的な見方にとらわれてしまい、悪い方へ、悪い方へと考えがぐるぐると回ってしまいます。心の柔軟性を失ってしまうのです。

たとえば、自分の担当の仕事が遅れているとします。すると「なんとかしなければ!」という思いが強くなり、「とにかく間に合わせよう」「残業してでもおわらせよう」「家に仕事を持って帰ろう」など、とにかく「間に合わせる」ことにしか、頭が回らなくなります。

すこし立ち止まって、柔軟に考えてみれば、「納期をずらすことはできないか」「人に手伝ってもらうことはできないか」などと、ほかにも考えられる方法はあるはずです。しかし、強いストレスにされされた状態だと、一つの考えにとらわれてしまい、ほかの方法を考えることができなくなるのです。

マネジャーがとるべき行動は、こんなときに「どうなってんだ!」と責めるのではなく、まず「何が問題なのか」と、問題のそのメンバー自身を切り離してあげることです。

起こった問題を見極めて、「ほかの考え方はできないか」を促してあげることで、「認知のゆがみ」から、抜け出す手伝いをしてあげることが必要です。

■ コントロール感覚(Control)

人は同じことに取り組むのでも、それを「自分の裁量」でやるのと、「人に指示されて」やるのとでは、感じるストレスが異なります。また、自分の努力が結果に影響を与えていると思えるのか、自分のしている仕事の意味を理解しているのか、つまり、「コントロール感覚」を持てるかどうかで、心の健康は大きく左右されます。

「裁量感と達成感」で、ストレスは軽くなります。マネジャーには「マイクロマネジャー」と言われるほど、細かく指示をし、チェックをするタイプのマネジャーがいます。このタイプのマネジャーの下につけば、メンバーのストレスが大きくなることは予想がつきます。

マネジャーは、メンバーの経験や能力に応じて、できるだけ本人の裁量を最大化してあげることで、メンバーのストレスを減らすことができます。しかし、「任せる」といっても、本人ができる以上に仕事を任せてしまえば、本人の許容範囲を超えてしまい、逆に「コントロール感覚」を失ってしまうことになります。

大切なことは、「本人の能力、経験にあわせて、できるだけの裁量を与えてあげること」です。このときに気をつけなければいけないのは、マネジャーから見れば「十分にできる」と判断していても、本人は「とてもできない」と考えている場合です。本人の可能性を伸ばしてあげようとして、少し背伸びするぐらいの仕事を与えることは必要なことです。しかし、その場合でも、ただ「任せる」のではなく、任せながらも見守ってあげることが必要です。

また、プロジェクトの計画を立てるとき、マネジャーが見積もり、スケジュールを立ててしまうことがありますが、これは「コントロール感覚」を奪ってしまう可能性があります。メンバーはマネジャーが提示する工数や、スケジュールに意見をいうことはむずかしいのです。「やらされている」という感覚を持ちながら仕事をすることは、とても大きなストレスになります。見積もりや計画は、「本人が立てる」ことが原則です。自分で計画を立て、それを修正しながら仕事をすることで、「コントロール感覚」を持つことができます。

■ コミュニケーション(Communication)

落ち込んでいるときに、人に話を聞いてもらうだけで、心が軽くなることはよくあります。また、話をしなくても、いっしょにいる人がいるだけで、安心したり、気持ちの切り替えができるものです。

つまり、言語的であっても、非言語的であっても、「コミュニケーション」できる人間関係があるかどうかが、心の健康に大きく影響するということです。

しかし、逆にこの人間関係がうまくいかなければ、強いストレスを感じるようになります。前述の『「うつ」を治す』の中では「人づきあいが楽になるヒント」として、10の項目が挙げられています。

(1)自分をもっと認める
(2)他の人のことをもっと認める
(3)問題点は何かを具体的に考えてみる
(4)完璧な人間関係はない
(5)意見の食い違いを怖れすぎない
(6)言いづらいこともしっかりと伝える
(7)言葉に頼りすぎない
(8)思い込みから自由になる
(9)思い切って自分流を捨てる
(10)困ってもよい

ここでヒントとして挙げられていることは、人を操作することでも、コミュニケーションのテクニックでもありません。ものの見方であり、「どう人と向き合うか」についてです。

コミュニケーションのテクニックも役に立つかもしれませんが、プロジェクトは結局、人の営みです。マネジャーは「人と向き合う仕事」と言えるかもしれません。

【参考文献】
大野裕 : 『「うつ」を治す』,PHP研究所

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