「費用対効果のはっきりしないO2O」はもう古い~SAPプレシジョン・リテーリングその3
前回まではこちら。
■費用対効果のはっきりしないO2O
ここ半年ほど、マーケティング畑を中心に、「O2O」というキーワードが流行っている。Online to Offlineの略で、オンラインつまり主にスマホを使っている消費者を、オフラインつまりリアル店舗に誘導しようとする施策の総称だ。
たとえばこちらのサイト(p1~p2)では詳しく、かつ分かりやすく解説されている。
■スマホ技術者も知らないと損する「O2O」の基礎知識 (@IT 2012年9月7日号)
しかし筆者のような、すぐ「その裏側にあるビジネスモデルは何か?」、もっと有体に言えば「それは儲かるのか?」を考えてしまう(笑)人間からすると、今のO2Oはまさにブームに過ぎないと考えざるを得ない。まもなく熱は冷めるだろう。なぜか?「たぶん儲からない」からだ。
たとえば上記サイトの2ページ目に、「表1 現在国内外で行われているO2Oの主要な事例」がある。このリスト自体は、現在の国内の主な事例がカバーされておりたいへん有用だが、リストに載っている施策を見ていくと... ひとつの特徴に気づかれるだろう。いずれも、スマホを持った消費者を、リアル店舗まで「誘導する・連れてくるだけ」の施策であることだ。
このサイトの筆者の方も、『気を付けるべきは、「何をコンバージョンとしてとらえるか」でしょう。来店させるのが目的なのか、実際に商品を購入するまでを目的とするのか、それによって、取るべき手段が変わってきます。』と書いておられる。まさにその通りである。
「来店」までが目的である、と割り切るのであれば、これらのO2O施策は十分なのかもしれない。たとえば「スマポ」では、来店してタッチするだけで30ポイント(30円相当)前後のポイントがもらえる。購買とは一切関係がない。1,000人誘導して3万円なら安いもの、と割り切れば、マーケティング施策としては確かに安いかもしれない。
だが、「誘導」と「購買」が結びつかない施策がいつまでも長続きするだろうか?筆者にはそうは思えない。
-----
■SAPプレシジョン・リテーリング(SPR)の想定ユースケース
SPRは、スーパーマーケットなどの小売業が自社導入する以外にも、さまざまな使い道が考えられる。消費者のスマホアプリに対して最適なオファーをリアルタイムに差し込む、というSPRの本質は、コンシューマー相手のビジネスであればほぼ必ずと言っていいほど使い道がある。
いくつかの想定ユースケースを考えてみよう。
(※以下、イメージを湧きやすくするため、具体的な企業名やサービス名を例に挙げさせていただいたが、あくまで例であり、その企業やサービスとSPRは今のところ無関係である。また敬称を略させていただいた。ご了承いただきたい。)
■料飲店を利用する消費者に対するサービス(例えばぐるなび、食べログ、Hot Pepper)。仮称「飲みナビ」
たとえば、月曜日の夕方18時。
半蔵門の居酒屋○○の店長であるAさんは、「今日は月曜だからお客さんが少ないだろうな、あと12席は埋めたい」と思う。
- そこで「飲みナビ」の「料飲店設定画面」を開き、「本日は12名まで、お会計10%オフ、またはビール1杯サービス」といったオファーを設定しておく。
一方、半蔵門に勤める会社員Cさんは、「今日はちょっと飲みに行くか!どっかオトクなオファーはあるかな」と思う。
- そこで「飲みナビ」を起動すると、自分の居るロケーションに近く、今すぐ有効な料飲店からのオファーがさっと送られてくる。(もし適合するオファーがなければ、登録されている料飲店の一覧が表示される)
- 時刻と場所を変えれば(たとえば「大手町で20時から」と指定すれば)、それに合わせたオファーが表示される。
- 人数を指定すれば、それより席数の少ないオファーは除外される。
- あらかじめ自分の好みをアプリに登録しておく(たとえば「和食」とか「イタリアン」)と、その系統のオファーが優先される。
- 好みを登録しなくても、しばらくアプリを使っていると、SPRが好みをだんだんと学習して、やはり和食系のオファーを優先的に出すようになる。
- で、良さげなオファーを見つけたら、そのページをタップして開き、人数を指定して「予約」を送る。
予約は直ちに「居酒屋○○」に通知されるとともに、SPR側では”在庫”が減る。たとえば「あと12席」に対し4名の予約が入れば「あと8席」になる。
Cさんは来店したら、飲みナビの「予約」済み画面を提示する。そこにはバーコードも表示されており、店では会計の際にそれを読み込むことで、実際に「飲みナビ」経由で集客したお客であることが記録できる。
料飲店側は、オファーの出し方をより精細に絞り込むこともできる。
- たとえば常連さんを優遇したい日は「過去に来店履歴がある人」にだけオファーを出すこともできるし、
- 逆に新規客を開拓したいのであれば「過去に来店履歴がない人」に限ってオファーを出すことも。
- さらに、たとえば「21時から大きな団体予約が入っている」場合は、「20時半まで限定で3割引き!」といった出し方も可能である。
■鉄道やバスの利用者に対する旅客事業者(たとえば東京メトロ、東急電鉄、阪急電鉄)からのサービス。仮称「沿線ナビ」
鉄道の駅は、周辺にあるさまざまな商店に対して、駅内の看板や駅前にある地図への広告出稿をビジネスの一部としているが、その進化版としてスマホアプリ「沿線ナビ」を提供する。
消費者Cさんは、たとえば東急田園都市線のたまプラーザ駅に降りたところで、「沿線ナビ」を起動する。ここからはCさんの目的によってバリエーションが分かれるが、
- 平日8:30。
たまプラにあるオフィスに毎日通勤しているCさんには、「オトクなランチ情報!」のオファーが届く。開くと、今日使える近隣の飲食店からのランチのオファーが表示されるので、それを見ながら今日の昼ごはんを考える。
- 平日午後。
これからお見舞いに行くので、近所に花屋はないかな...と思ったら、沿線ナビ>ショップ>花屋 を開くと、駅の近所にある花屋が表示される。もちろん、今の時間帯に開いている店が先に表示され、今日が定休日の店は下の方にしか出てこない。さらに花屋からのオファーがある場合はそれが上位に出てくる。たとえば「バラの花20本、本日に限り30%引き!」とか。
- 日曜日10時。
手土産に持っていくお菓子はないかしら...と思ったら、沿線ナビ>ショップ>お菓子・ケーキ を開く。店からのオファーがあればまずそれが、次には駅の近所の店が順に表示される。さらに和菓子、洋菓子、、、と絞り込んでいくことも可能。
- 金曜日21時。
カラオケ行くぞ!と思ったら、沿線ナビ>カラオケを開く。上述の「飲みナビ」と似ているが、人数を指定すると、その時間帯に有効なオファーがあり、その人数を収容できるカラオケ店から順に表示される。
- 夜23時。
これから遅い晩飯が食える店はどこだろう... と思ったら、沿線ナビ>飲食店 を開く。曜日と時間帯を加味して、今から入れる店だけが絞り込まれて表示。もちろん、オファーのある店が優先される。
・・・とまあ、時間帯とニーズに合わせて、消費者Cさんに最適なオファーが差し込まれる。
いずれも、「地図に表示」させて、距離が近い店を選ぶことも可能だ。
■大型ショッピングモールやアウトレットの買い物客に対するサービス。仮称「モールナビ」
基本機能は、ほぼ上記2つのミックスなので省くが、プラスアルファの要素としては地図機能がある。文字通り「ナビ」だ。
- 店舗検索および案内地図の役割も果たす。大きなモールとくにアウトレットでは、どこに何の店があるのかをチェックするだけでも一苦労だ。
そこで入口で、あらかじめ興味のあるブランドや店舗をチェックして、モールナビでクリックしておき、入口から順に回っていけばよい。もちろん、チェックした店からは、オファーが(あれば)リアルタイムに届く。
- オファーを使うためには、モールナビが表示するバーコードを読み込ませる必要があるため、店舗側も、どのスマホ(を持った消費者)が何を買ったか、という履歴は持っておくことができる。
- するとその後、店舗からは、セールの案内やオファーがモールナビに届く。アプリに届くだけだから、興味がなければ無視すればよいわけだが、一度買い物をした=興味があるブランドからの「○○が入荷しました」「○○が50%オフ」といったオファーであれば、消費者にとっても嬉しいかもしれない。
-----
■O2Oとどこが違う?~SAPプレシジョン・リテーリングの共通点
想定ユースケースを3つ挙げてみたが、これらの共通点は、
- 消費者視点での利便性を向上させるサービスであること。
- 直接のアプリ提供者は ”アグリゲーター” 、つまりサービスを集合させることによって付加価値を得る事業者であること。これは、一定のマスが集まらないと、アプリの利用者が少なく、サービスとして成立しないためである。
- ただしあくまで「ビジネス」であり、消費者の利便性を上げることによって、最終的には購買(鉄道駅のケースでは広告の出稿)を促進し、利益を出すのが狙いであること。
- オファーを出す側にとっても、オファーが最終的には「購買」に結び付くこと。つまり最終的には消費者からのカネが落ち、それがこのサービスの対価(原資)を賄う、という構造になっていること。
- いずれも、時限性のあるオファーが可能であること。つまり「リアルタイム」であること。
- 店舗側からのプッシュも可能であること。
- 一方で、固定的なオファー(=単に店の情報や位置、開店時間を反映させた広告)でもよく、時限性のあるよりお得なオファーを出せばそれがさらに強調される、という2層構造になっていること。その分、導入の敷居は低い。
- また「購買履歴」は必ずしも必要としていないこと。SPR上でのクリック履歴や、消費者が自ら登録している「好み」等は反映されているが、購買履歴DBを持たなくても導入は可能であり、その分、敷居は低い。
といった特徴がある。
費用対効果が不明で「連れてくる」だけを目的とする多くのO2O施策と違い、SAPプレシジョン・リテーリングは、あくまで購買に結びつくことを目的としていることがお分かりいただけるだろう。
このため国内でも大手流通業をはじめさまざまな企業が強い興味を示している。どのようなサービスが提供されるか?今後の展開にご期待いただきたい。