オープンデータで、行政の効率性と透明性を追究するボストン市、鯖江市
アメリカの「古都」ボストン。
17世紀の清教徒の入植に端を発する、アメリカでは最も歴史のある都市のひとつであり、京都市の姉妹都市でもある。
ボストン市のWebサイトより。
行政区域としての「ボストン市」 City of Boston の人口は65万人で、米国の都市としては24番目。ただし、近郊を含めた大ボストン都市圏の人口は468万人で全米10位、さらに概ね”通勤圏”と見なされるボストン合同統計地域の人口は800万人に迫り、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ワシントンDC、サンフランシスコ・サンノゼに次ぐ全米6番目の大都市である。
ハーバード大とマサチューセッツ工科大(MIT)を筆頭に100近い大学を擁し、アカデミア、医療、金融・保険、ハイテク、観光など多くの産業の中心地となっている。起業も活発でベンチャーキャピタルも多く、シリコンバレー地域とならぶ新興企業の2大集積地にもなっている。(※ハーバードとMITのキャンパスはその大部分がボストン市と隣接するケンブリッジ市に属する)
高学歴、高収入の住民が多く、洗練と先端の同居するボストン市は、市民に開かれた行政つまりオープンガバメントにおいても最先端を行っており、さまざまなオープンデータの公開と活用を実践しているが、そのひとつが Boston About Results である。
■Boston About Results (「ボストンは結果を出す」)
ひとことでいうと、Boston About Results とは「市役所の成績ダッシュボード」である。
市民に対する行政サービスを向上させ、限られたリソースを効果的に振り向け、かつそうした市政全体の透明性を高めることを目的として、ボストン市の45部局はそれぞれの業務ごとにKPI(数値指標)を設定。
月次または四半期単位でトラッキングしており、目標値の達成については各部局長に責任を負わせるとともに、職員も常時それを見ながら職務に従事している。
部局長および職員が見ている、内部向けの分析画面の例。毎日データが更新されている。
一例として、建築計画審査 Construction Plan Permission 業務における、12人の審査官の状況。100%オンタイムは6人おり、全体でのオンタイム完了率は91.3%、処理にかかる平均時間は18日。
2012年6月には審査期限を超過した申請が600件以上あり、オンタイム完了率は67%、市民の声は「非常にネガティブ」だった。
これが2013年3月には期限超過は13件のみ、オンタイム完了率91%となり、市民からは「ずっと良くなった!」との声が。わずか9か月で劇的な改善があったことがわかる。
45部局が設定しているKPIの総数は2,000以上に達するが、その一部についてはWeb上にビジュアルに公開し、広く市民に見える化している。これが Boston About Resultsである。
Boston About Results のダッシュボード
現在19のパネルがあるが、これらは部局単位ではなく市民から見たビューで切られており、それぞれの裏側では複数の部局が関わっているものも多い。いくつかピックアップして、下記に日本語訳で紹介する。どれも、いかにも市民生活に直結した感があり、リアリティがある。
以下、左端のマークは、「緑」は目標値を達成中、「黄色」は未達だが目標から10%以内、「赤」は目標から10%以上未達であることを示す。
また2行目の矢印は、「↗」は過去3サイクルと比べて改善している、「-」は横ばい、「↘下」は悪化していることを示す。
それぞれ、クリックするとBARの実サイトにリンクする。
■警察
■交通
■公衆保健
このBoston About Resultsのサイトは、SAP Strategy Management(SSM)というアプリケーションをベースとしている。SSMはこうした「大企業におけるKPI管理」のためのソフトウェアで、各方面からフィードされたデータを、さまざまな切り口で分析したり、見やすいグラフで表示し、進捗を管理する。
Boston About Resultsは2008年に開始されているが、当初は45部局(その業務内容もさまざま)がそれぞれに実施する「実績管理」に過ぎなかった。
以前のBARはこのように、PDF化した”レポート”をWebサイトに掲示していたが、リアルタイム性やインタラクティブ性に欠け、アクセス数は少なかったという。これが、SAP Strategy Managementを基盤とすることで、現在のBARのようなビジュアルなダッシュボードとなった。
ボストン市のCIO、ビル・オーツ氏は、「SAP Strategy Managementは、Boston About Resultsプログラムを、単なる”興味深いデータの集まり”から、全市を横断するパフォーマンス管理ツールに変えてくれました」と語っている。SSMという基盤を持つことで、45部局の業績管理が一本化され、継続性のある施策になった。
さらにオーツ氏は語る。「オープンガバメントの目的は、まず第一に、住民とのエンゲージメント(関わり)を深めることです。未来の自治体のあるべき姿は、住民とのエンゲージメントの深さで決まると考えています。BARはそのための手段なのです」
BARは誰でもアクセスできるので、ぜひ試してみていただきたい。
■iPadの方
iTunesからアプリ「SAP CitizenInsight」をダウンロードする。もちろん無料。
https://itunes.apple.com/us/app/citizeninsight/id534520168?mt=8アプリを開くと下記のような画面が出るので、右の City of Boston, MA をタップすると、すぐにBARのトップ画面が出て、あとは自由に選択することができる。
※iPadのみ。iPhoneでは動作しない。また現在のところAndroid向けには提供されていない。■ブラウザの方
http://www.cityofboston.gov/bar/scorecard/reader.html を開く。以上。
■CitizenConnect
BARの関連施策のひとつとして大きな効果を挙げているのが、スマートフォンアプリ Citizen Connect である。
これはスマホが持つ「カメラ+位置情報」の機能を最大限に活用した、「市役所への通報アプリ」である。
CitizenConnectを立ち上げて写真を撮り、コメントを添えてOKすると、これが自動的に市役所への「通報」となる。
位置情報が付いており写真もあるので、担当部局はその場所を直ちに特定することができ、素早い解決に結び付けることができる、というわけだ。
このアプリ、実に面白いので、ぜひダウンロードしてみていただきたい。ボストン市で実際に起きている「市民からの通報」を、リアルタイムに見ることができる。こちらはAndroid版もある。
写真ビュー。添付されている画像の一覧 ■Boston Citizen Connect(iTunesストア)
■Boston Citizen Connect(Google Play)
■Citizen Connectのサイト(ボストン市のサイト)
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■オープンガバメント、オープンデータ
政府・自治体が持つさまざまなデータを市民にオープンし、透明性・納得性を高めるとともに、民間による二次利用を促進し、新たな発展につなげようというオープンデータ/オープンガバメントの動きは、ここ数年で世界中に広まりつつあるが、ボストン市もその先頭を行く自治体のひとつである。
実際、多種多様で興味深いデータや、それを活用するためのツールが提供されている。ここでは概要のみ紹介するが、ぜひ実際に見てみていただきたい。
まず下記が、オープンガバメントのトップページ。5枚のパネルがそれぞれ下記の5つのセクションにリンクしている。
ボストン市のオープンガバメントのトップページ、http://www.cityofboston.gov/open/
■①Access Checkbook:ボストン市の支出を公開している。
2014年度の支出総額は$943,356,061(約943億円)、件数は121,780件。(ということは単純平均すると1件あたり約77万円)
Checkbook Explorer https://data.cityofboston.gov/checkbook/2014
これが部局別(67部局)、ベンダー別(5,528ベンダー)、支出タイプ別(156タイプ)ごとにソートされ、キーワード検索も含めて、1件ごとの明細まで見ることができる。この究極の透明性!
試しに「SAP」で検索してみたところ... もちろんあった(笑)。SAP Public Services Inc.に対して計6件、$ 257,353の支出が行われていた。
Checkbook Explorerで、「ベンダー=SAP」で絞り込んだところ。
ちなみに支出データの完全オープン化による透明性の担保、で先鞭をつけたのは、2008年にオバマ政権が立ち上げたWebサイト、Recovery.Govの、「Where is the Money Going?」である。9.11同時多発テロからのリカバリーのための連邦政府特別予算の使途を見える化した。
なおこのサイトも Powered by SAP である(右下にSAPロゴが見える)。
Recovery.govのサイト
■②Get Data:入手可能なオープンデータの一覧
現在ボストン市では計450のデータソースが提供されている。
提供されているデータのカタログページ https://data.cityofboston.gov/
■③Access Map:利用可能な地図データ
市民が自由に(もちろん一定の権利関係のもとに)使ってよい地図・地理データが提供されている。
Access Map http://boston.maps.arcgis.com/home/
提供されている地理データの例。たとえばGISデータの一覧とか、
とくにこのデモグラフィック(人口統計)の画像などは面白すぎる...
上が白人、下が黒人の多い地域を表している。見事なまでの対比が見て取れる。
http://maps.cityofboston.gov/Atlas_Boston/
■④Review Performance
これがBoston About Results。
■⑤Collaborate Now
オープンデータの利用を促進する活動、New Urban Mechanicsへのリンク。
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■データシティ鯖江
日本でも2013年あたりから、オープンデータ、オープンガバメントの動きが広がり始めたが、日本でその先駆者かつトップランナーとして必ず名前が上がるのが、福井県鯖江市である。
人口は6万7千人。メガネの生産でダントツの世界一(国内生産量の9割、世界生産量の2割を占める)という点を除けば、なんの変哲もない田舎町、だった鯖江市。
しかしJigブラウザで有名なソフトウェア企業 Jig.jp 創業者の福野泰介さんが、ボストンのオープンガバメントに触発されて、故郷である鯖江市の牧野百男市長に声をかけ、取り組みを開始。その後、後を追いかける自治体も増えてはきたが、今のところ日本のオープンガバメントの取り組みにおいては圧倒的なリーダーである。
たとえば下記は、福野さんが作っている、鯖江市のオープンデータを活用したアプリ。その数、すでに80!
一日一創 鯖江編 現在80アプリ by 福野泰介 http://fukuno.jig.jp/2013/datacitysabae
最近では、鯖江市が日本の自治体として初めて、W3C(World Wide Web Consortium)に加盟することになった。以下、福野さんの記事から紹介させていただく。
■鯖江市、全国自治体初のW3C加盟発表!
http://fukuno.jig.jp/579先週2/19、鯖江市の来年度予算案の発表にて、鯖江市役所が日本の自治体初のW3C加盟する予定であることを発表しました!
W3Cは、Webの発明者ティム・バーナーズ=リー氏が、1994年、MITに着任直後に設立した、現在388の企業・学校・自治体などで構成されたコンソーシアムです。W3Cは、世界中を統一された規格でつなぐ「One Web」をビジョンとして掲げ、Webの可能性を最大限に導くことを目的に、HTML5、CSS3、XML、RDFなど、Webの仕様や指針、標準技術の策定・開発を行っています。(2010年W3C国際会議、ティム・バーナーズ=リー氏と、ボストンにて)
2010年、jig.jpがW3Cに加盟し、WebとセマンティックWebの発明者、ティム・バーナーズ=リー氏の進めるオープンデータで出会い、感動。データのインフラ整備に遅れをとってはまずいとW3C、日本サイトマネージャー一色さんに相談し、鯖江市長への提案を一緒に行ったのが、「データシティ鯖江」です。(福井県鯖江市>データシティ鯖江の状況)
データシティ鯖江から始まり、日本24都市まで広まったオープンデータ。W3C標準であるRDFを使った5つ星オープンデータを使った実践的へとつなげることが重要な1年。W3Cへの日本の自治体加盟は、いよいよ世界ともつながる大きな一歩となります。行政の本気に、企業として市民(Code for Japan / Code for Sabae)として、応えたいと思います。創ろう、世界最先端IT国家!
また直近では2014年6月4日、鯖江市、jig.jp、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、SAPの4社が合同で記者会見を行い、オープンデータ推進のためのプラットフォームを構築していくことを発表した。
この内容については、以下の4サイトがいずれも少しずつ違う観点から、良い解説をしてくれているので、ぜひ4サイトともお読みいただきたい。全体像が俯瞰いただけるであろう。
■オープンデータの登録と提供基盤を構築、鯖江市とjig.jp、AWS、SAPがタッグ
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1406/04/news111.htmlソフトウェア開発会社のjig.jp(ジグジェーピー)は6月4日、各自治体がExcelフォームにデータを入力、アップロードするだけで国際標準形式(Linked-RDF)のオープンデータを公開できるサービス、「オープンデータプラットフォーム(略称:odp)」の提供を開始した。標準形式に統一されたデータ提供を支援することで、民間のアプリ/サービス開発を促し、行政におけるオープンデータ公開と活用を促進する狙い。
■自治体のExcelファイルを“5つ星”オープンデータ化 jig.jpがプラットフォーム開発 鯖江市が採用
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1406/04/news104.html■jig.jp、オープンデータプラットフォームサービスを開始
http://cloud.watch.impress.co.jp/docs/news/20140604_651743.html■Excelで入力、クラウドで標準形式に変換/公開「オープンデータプラットフォーム」~jig.jpが新サービス
http://ascii.jp/elem/000/000/900/900889/
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■Code for Japan、Code for Sabaeへ
データが公開されても、それを活用するアプリがなければ意味がない。政府・自治体がデータをオープン化するのと歩調を合わせるようにして2010年にサンフランシスコで立ち上がったのが、Code for Americaである。
【参考記事】
■シヴィック・ハッカーが行政を変える:Code for Americaの試みとは
http://wired.jp/2013/10/21/code-for-america/わずか4年前に立ち上がったNPO「Code for America」が、いまアメリカ中から引っぱりだこだ。行政が抱えるある課題の解決のためにITエンジニアを送り込むサーヴィスを提供するこの組織は、行政セクターからのみならず、アメリカ中のスーパーエンジニアたちからも熱い注目を集めている。グーグルやヤフーでのキャリアを捨ててまで、なぜ彼らは、行政との協働を選ぶのか?そしてシヴィック・ハッカーたちの参入によって「ガヴァメント」はいかに開かれ、いかに進化するのか? (以下、リンク先を参照のこと)
そしてその地域ごとの”支部”である ブリゲード Brigade も、Code for Japan、Code for Sabae など、続々と生まれつつある。
■Code for Japan
http://code4japan.org/■各地に生まれつつあるブリゲード
http://code4japan.org/brigade■市民がコードで公共サービスを改善する「Code for Japan」設立 (2013/11/04)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20131102/515622/■Code for Sabae
http://sabae.cc/
SAPは2014年5月14日、Code for Americaへのスポンサーを拡大すると発表し、ブリゲード活動を支援していくと表明した。
■SAP Broadens Its Developer Community Engagement With Code for America Sponsorship
http://www.news-sap.com/sap-developer-community-engagement-code-for-america-sponsorship/
ボストンから鯖江へ、自治体、住民、企業がデータとITをつながりとして作っていく未来へ。 オープンデータの動きに今後も注目していきたい。
左からAWS 玉川さん、鯖江市長 牧野百男さん、Jig.jp 福野さん、SAP 吉越 (「福野泰介の一日一創」より)
※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したものであり、ボストン市、鯖江市ほか関係各所のレビューを受けたものではありません。
【参考リンク】
■City of Boston SAP HANA Customer Testimonial(2分30秒、英語)
ボストン市のディレクター、デビン・クワーク氏へのインタビュー動画。
■City of Boston - Customer Testimonial Video(2分28秒、英語)
ボストン市のCIO、ビル・オーツ氏へのインタビュー動画。
■Close the Gap Between Strategy and Successful Execution(PDF 18ページ、英語)
http://download.sap.com/download.epd?context=DC26AE91F74DF057E500989055A5D11857A0E901F37B40BCEF0E2370E8AFDCC1F9F98612C9457F8FCC5B8579AA2245993FA25069AF42C4FD
ボストン市が発表した最近のBARに関するプレゼン資料。SAPについても言及。■Boston About Results - Making Performance Data Public(PDF 12ページ、英語)
http://websites.networksolutions.com/share/scrapbook/69/690852/BAR_Making_Performance_Data_Public.pdf
ボストン市が発表したBARに関するプレゼン資料。■Its All About Results at City of Boston Using SAP BusinessObjects Strategy Management and Mobility Solutions (PDF 42ページ、英語)
http://events.asug.com/2012AC/3207_Its_All_About_Results_at_City_of_Boston_Using_SAP_BusinessObjects_Strategy_Management_and_Mobility_Solutions.pdf
2012年のASUGカンファレンスにおける、ボストン市の発表資料。2012年時点でのBAR活動の様子がわかる。■Boston Taps SAP To Measure City Services (記事、2012年12月5日、英語)
http://www.informationweek.com/applications/boston-taps-sap-to-measure-city-services/d/d-id/1107669
Infomation week誌の記事。”SAPのパフォーマンス・スコアカードシステムで、ボストンは施策をトラッキングし、目標を達成し、そして道路の穴を素早く補修している”■SAP Customer Testimonials - City of Boston
http://www.sap.com/customer-testimonials/public-sector/city-boston.html
お客様事例としてボストン市を取り上げた、SAPのサイト。