オタクの現在
【『新明解国語辞典 第七版』刊行記念】その2
新解さんはオタクが嫌い。
もちろん新解さんも大人なので、表立ってそうは言いません。しかし、次の語釈を見ればそれは明らかでしょう。
〔俗に〕趣味などに病的に凝って、ひとり楽しんでいる若者。
ちなみに、新解7(シンカイセブン)の「おたく」の説明(全文)は次のようになってます。
おたく【御宅】〔新明解国語辞典 第七版〕 1. 相手の家の敬称。「旦那(ダンナ)様は ─〔=ご在宅〕ですか」 2. 〔代名詞的用法〕あなた(の所)。〔より丁寧には「お宅さん」「お宅様〕「─〔=あなたの会社〕の景気はどうですか?」 3. 〔俗に〕趣味などに病的に凝って、ひとり楽しんでいる若者。〔同一の趣味を持っていても、親しい間柄ではないので、相手に対して「おたく」と呼びかけるところから〕「アニメ ─ ・ ─ 族」 [運用]2. は、それほど親しくない相手に軽い敬意をこめて呼びかけるのに用いられる。
いわゆる「オタク」は3番目の語釈で、この語釈には新解さんの偏見が3つ隠されています。
1つ目は「病的に凝って」のところ。「非常に凝って」ではなく「病的に凝って」と、ネガティブな言葉を使って「俺はキライだな」と暗示している。
2つ目は「ひとり楽しんでいる」の箇所で、なぜオタクは一人で楽しむのが普通と決めつけているのかよくわからない。
3つ目は「若者」。若者の定義にもよりますが、たとえば30過ぎのオタクは存在しないということ?
これが新解さんだけの認識なのか、それともほかの辞書でもそうなのか調べてみました。なお、以下では「おたく」の語釈全文をすべて載せるのは煩雑なので、いわゆる「オタク」の語釈のところだけ掲載します。
おたく【御宅】〔大修館書店 明鏡国語辞典 第二版〕 4.〔俗〕趣味的な世界にひたすら没頭する閉鎖的な人。「アニメ[パソコン]─」▽相手を「おたく」と呼ぶ傾向があるからという。[表記]多く「オタク」と書く。
なるほど、優等生の明鏡くんは「閉鎖的な人」と断じてます。開放的なオタクはいるのかいないのかが争点となりそうです。
おたく【御宅】〔三省堂 大辞林 第二版〕※Yahoo!辞書 4. 俗に、特定の分野・物事を好み、関連品または関連情報の収集を積極的に行う人。狭義には、アニメーション・ビデオ-ゲーム・アイドルなどのような、やや虚構性の高い世界観を好む人をさす。「漫画 ─」 〔補説〕 多く「オタク」と書く。二人称の「おたく(御宅)」を語源としエッセイストの中森明夫が言い始めたとする説が有力。1980 年代中ごろから用いられるようになった
大辞林ではネガティブワードはないようです。「やや虚構性の高い世界観」というのは微妙な言い回しですが、相手を傷つけまいとする細やかさは好感が持てます。
おたく【おたく・オタク】〔三省堂現代新国語辞典 第四版〕 3. 〈名〉[俗語]特定の趣味にのめりこんでいる、(内向的な)マニア。「─ 族・アニメ ─」 [語源]同じ趣味を持っていても、親しい間がらではないので、相手を「おたく」と呼んだことから、とされる。
同じ三省堂の辞書でも、こちらはかなり客観的な記述です。心理学的には「内向的」というのは単なる性質を表し、良い悪いという価値判断を含んでいないので Good です。
おたく【御宅】〔小学館 大辞泉 増補・新装版(デジタル大辞泉)〕※Yahoo!辞書 5. ある事に過度に熱中していること。また、熱中している人。「アニメ ─」 補説:5. は「オタク」と書くことが多い。1980年代半ばから使われ始めた言葉か。初めは仲間内で相手に対して「おたく」と呼びかけていたところからという。特定の分野だけに詳しく、そのほかの知識や社会性に欠ける人物をいうことが多い。
小学館の国語辞書の語釈は「無難さ」が特徴です。ただ、オタクの語釈に関しては編集部内でも意見があったのでしょう、補説として「特定の分野だけに詳しく、そのほかの知識や社会性に欠ける人物をいうことが多い」と記載しています。つまり、このような意味合いで使う人もままいる(いた)ということです。
おたく【お宅】〔岩波国語辞典 第七版新版〕※語釈3は第七版で追加された。 3. 自分の狭い嗜好的趣味の世界に閉じこもり、世間とは付き合いたがらない(暗い感じの)者。「パソコン ─」▽普通は仮名書き。一九八三年に中森明夫が「「おたく」の研究」で言い出し、九〇年代からはサブカルチャーとして積極性を帯びても使う。「私は紫式部オタクです」
頑固で口数の少ない岩波さんは、やっぱり頭がカタイ。バカ息子に説教をたれる姿が目に浮かびます。息子にしてみれば、まさしく「あのクソ親父め!」という感じでしょうか。ただ、時代の流れには逆らえず、注記で肯定的な意味もあるとしぶしぶ認めています。
おたく〔集英社国語辞典 第2版〕 〔俗〕マンガやアニメなどの趣味の情報や細部にしつこくこだわり、ときに、他人との意思の疎通が上手にとれない人。「アニメ ─」
これはちょっと笑ってしまったのですが、まあ確かに、特徴をうまく言い当てています。オタクは「しつこく」て「こだわる」のです。『集英社国語辞典 第2版』は2000年(丸10年前!)の発行なので、以降の流れをくんでいないのは仕方ないかと思います。
2000年以降、オタクに関する大事件としては、2004年のヴェネチア・ビエンナーレが挙げられます。この展覧博では、日本は「おたく:人格=空間=都市」というテーマで展示を行い、翌2005年に日本でも帰国展を行ったのですが、メディアでも大きく取り上げられたせいか、このあたりから「オタク」の地位向上が目立ってきたような気がします。
●おたく:人格=空間=都市(ヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展日本館)
http://www.jpf.go.jp/venezia-biennale/otaku/j/index.html
いまでは、OLがランチを食べながら次のように話したとしても違和感はありません。
「あたしの彼氏、ガンオタでさぁ」
=私の恋人(男子)は機動戦士ガンダムがとても大好きです。
この場合は、「オタク」は「マニア」とほぼ同義になっています。次の「日本語俗語辞典」も同じく、「オタク=マニア」流儀の語釈になっています。しかし、それでいいのでしょうか? オタクは単なるマニアではないような気もするのですが…。
オタク〔日本語俗語辞典〕 http://zokugo-dict.com/05o/otaku.htm オタクとは、特定の分野に関して強い興味を抱き、関連するものを収集したり、詳しく知ることに時間を費やす人のこと。
こうなると通常の辞典ではラチがあきません。時事的な用語に強い「現代用語の基礎知識」の2008年版と2011年版を見てみましょう。次の説明を見てください。
オタク〔現代用語の基礎知識2008〕 もともとは特定分野にのみ強い興味と深い造詣を持つ社会性の低い者を指し、社会的非難の対象だった。話し相手を「おたく」と呼ぶことから名づけられたといわれる。当初は鉄道オタクやアイドルオタクなど、さまざまな分野のマニアに対して使われたが、現在では主として強烈なアニメ・マンガファンに対して使われる。最近はオタクであることに誇りを持って公表する人も増え、その流れは世界に広がっている。アメリカでも自分が「OTAKU」であると、胸を張る若者が増えてきた。そうした男たちのなかから、キャラクターに恋をする「萌え」が生まれ、2次元との恋愛という新しい境地に達するオタクが増えてきた。
オタク〔現代用語の基礎知識2011〕 個人の趣味に没頭し、異常な執着を見せる人物やふるまいを指す。1980年代前半に生まれた言葉で、元はマンガやアニメなど特定の趣味について使われたが、普及の過程で意味が拡大・変容し、現在では「マニア」とほぼ同じく、さまざまな趣味について「○○オタク」と使われることも。趣味に熱中して社会性を欠如させる例が目立つことや、「ニート」や「パラサイト・シングル」などほかの言葉と結び付き、ネガティブに使われることも多い。他方、欧米のマンガ・アニメブームや、オタクを自ら公言するタレントの増加なども影響し、人格の個性の一つとして許容されつつある様相も。総じて、趣味の内容やニュアンスの善悪、表記方法など、多種多様で一定せず、明確な定義は難しい。
似ているようでだいぶ変わってますね。ただ、2011年版のほうはどうも歯切れが悪くなっています。特に2011年版の最後は「多種多様で一定せず、明確な定義は難しい」です。こう最後にさじを投げられても困るわけですが、非常にその意味合いが揺れている言葉だということはよくわかります。
一般的に辞書というものは、こういう揺れている言葉に関しては慎重な態度で臨みます。なぜなら、
辞書は時代に先んじて意味を規定することはできない
からです。だから、冒頭で見たオタクの語釈が最近の用法を反映していないのも無理はありません。おそらく辞書編集の人たちも、いつ肯定的用法のほうが主流になるか見定めているところなのでしょう。
(つづく)
【おすすめ書籍】
オタク文化論を知るための1冊といえば、まずはこれ。
『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』東浩紀 著、
講談社現代新書
【目次】
第一章 オタクたちの擬似日本
1 オタク系文化とは何か
2 オタクたちの擬似日本
第二章 データベース的動物
1 オタクとポストモダン
2 物語消費
3 大きな非物語
4 萌え要素
5 データベース消費
6 シミュラークルとデータベース
7 スノビズムと虚構の時代
8 解離的な人間
9 動物の時代
第三章 超平面性と多重人格
1 超平面性と過視性
2 多重人格
あわせて、こちらもどうぞ。
宮台・東 対談 ~『動物化するポストモダン』を読む~ (MIYADAI.com)
http://www.miyadai.com/texts/animalize/