Wordの[フォント]ダイアログの怪
見るたびに、なんとも居心地の悪い思いをさせられるもの。それは Microsoft Word の[フォント]ダイアログです。[フォント]ダイアログを開き、そこで使われている用語を見ると、[フォント]ダイアログの中に[フォント]タブがあり、さらに[フォントの色]などの項目があります。なんとなくマトリョーシカ? まあそれはともかく、どうにもお尻がムズムズしてしまうのです。
もちろん、Word はすばらしいソフトです(実際、業務でも使っています)。かつて苦境にあった Apple が存続できたのも Microsoft Officeスイートが Mac OS X 向けに提供されたおかげです(ジョブズがアップル復帰後に最初に行った大仕事が、Office製品を引き続き Apple に提供するようゲイツを説得することでした)。
そんなすばらしいソフトであるのに、筆者がムズムズさせられる[フォント]ダイアログ、皆さんにもお馴染みのものでしょう。
▼ Microsoft Word 2010の[フォント]ダイアログ
このダイアログの最大の問題点はその名前、[フォント]ダイアログにあります。その理由を次に説明したいと思いますが、その前に「フォント」とは何かについて、おさらいしておきましょう。
専門的にはいろいろな説明のしかたがありますが、DTPソフトの Adobe InDesign の説明が比較的わかりやすいと思います。以下に、InDesign CS4 のヘルプから引用しておきます。[ ]は引用者付記。
フォントについて
フォントは、文字、数字、記号などのセット[字形のセット]で、例えば、13 級の小塚明朝Pro R などのように、太さ(ウェイト)、平均的な字幅、スタイルといった属性を持っています。
書体(フォントファミリまたはタイプフェイスとも呼びます)は、小塚明朝など、共通の体裁を持つフォントの集まりで、一緒に使用するように設計されています。
フォントスタイルは、フォントファミリに含まれるフォントのバリエーションです。 欧文フォントでは、Roman または Plain(フォントファミリごとに名称は異なります)は、フォントファミリの中で基本となるフォントで、「regular」、「bold」、「semibold」、「italic、「bold italic」などのフォントスタイルがあります。
ややこしく感じる方もいると思うので、図解しておきます。
▼フォント、書体、フォントスタイルの関係
上の図解には載せませんでしたが、それぞれのフォントの実体が「フォントファイル」ということになります。実際のところ、フォントとは何なのか、なんとなくわかっていただけたでしょうか。しつこいですが、フォントの定義を別のことばで言うと、
決められたデザインポリシーで設計された字形を持つ
アルファベット、ひらがな、カタカナ、漢字、数字、記号類の集合体
です。上の定義中の「字形」はグリフ(glyph)とも呼ばれますが、とりあえずは「字の形」と理解しておいてください(そのまんまですが、深入りするとややこしいことになるので)。
さて、[フォント]ダイアログの目的は何でしょうか? それは、Word文書内の文字(厳密には文字列)に対して書式情報を与えることです。フォントに書式情報を与えるわけではありません。であれば、[文字]ダイアログが正しい呼び名ではないでしょうか。たとえば InDesign ではそのような名称になっています。以下に、InDesign の文字パレットのキャプチャを示します。
▼InDesign の文字パレット
次に[フォント]タブの項目を見ていきましょう。
冒頭の[日本語用のフォント]と[英数字用のフォント]は問題ありません。というか、実際にフォントを指定しているのはこの2つと、その右の[スタイル]と[サイズ]だけです。ちょっと気になるのは、太字や斜体を設定する[スタイル]です。Word には「文字スタイル」や「段落スタイル」といった文字や段落に関する情報を取りまとめた「スタイル機能」があり、単に「スタイル」だと区別がつきません。英語版Wordのように[フォントスタイル]にしたいところです。
その下に[すべての文字列]というラベルがあります。このラベルは必要なのでしょうか? 筆者にはよくわかりません。以下のページを見ると英語版の[Font]ダイアログにはないようです(追記:英語版の Word 2010 にも Word 2007 にも[すべての文字列]に該当するものはありませんでした)。そもそも、指定した文字列のことを「すべての文字列」と呼ぶのは奇妙な気がします。何か深い意味があるのでしょうか…。特に意味がないのなら削除したほうがすっきりします。
● Ribbons|Microsoft Dev Center - Desktop
http://msdn.microsoft.com/en-us/library/windows/desktop/cc872782.aspx
▼英語版の[Font]ダイアログ
次は[すべての文字列]ラベルの下の[フォントの色]です。ここも「フォント」の部分が問題です。そもそも、字形の集合体であるフォントには色を付けることはできません。日常会話では「本文中のMS ゴシックのところ、赤[色]にしておいて」などと言うかもしれません。コミュニケ−ションとしては不都合はありませんが、正確に言えば MS ゴシックが赤く染まることはありません。MS ゴシックの文字に赤色を設定するのです。
では、どうすればいいのか。筆者の推奨案は「文字色」です。単に「色」だけだとちょっと漠とした印象を与えそうですので。
最後に、筆者の推奨案をまとめておきましょう。次の Office で改善されるかどうかわかりませんが、いちユーザーの意見として記しておきます。
1. [フォント]ダイアログは[文字]ダイアログとする
2. [スタイル]は[フォントスタイル]にする
3. [すべての文字列]を削除する
4. [フォントの色]は[文字色]にする
【参考文献】
『文字コード「超」研究 改訂第2版』
深沢千尋 著、ラトルズ、2011
http://www.amazon.co.jp/dp/4899772939/