初音ミクと過ごした1年でわたしが学んだこと
現在、オリコンのデイリーチャートで2位だという、livetune featuring 初音ミクのデビューアルバム、実質的に歌手:初音ミクのデビューとなる「Re: package」を聴きながら書いています。なんと1.3時間のボリューム。
明日は8月31日は。初音ミクがVOCALOID2として登場してからちょうど1年。
それを記念するように、大きなプロジェクトがいくつも動いています。まずはPSPゲームとして来年登場予定の「Project DIVA」。
初音ミクの生みの親である、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤社長、佐々木渉さんのあいさつが出ています。データの大きなCV03についての情報も。
英語版でないとすると、その大きなデータは、同一人物でありながら、キャラクターの異なる複数の声を収録したためではないかと思われます。スタンダード、ファルセット、シャウトの3つのボイス・キャラクターをもったCV03という、非常に美しい構造になりますね(笑)
青山テルマのときにも書きましたが、プロの歌手は、複数の異なるトーンを使い分けます。それを、地声とファルセットで持っており、ファルセットを使う音域は可変なので、選択肢はさらに広がります。その最低限のものを実装したとしても、現在の数倍のデータが必要になります。
そのためには、歌手としても優れた素材であることが必要とされます。とくに、ファルセットや高いノートを出すときには安定した音階を保つのは難しい。
もしそういうことを意図しているのならば、クリプトンと歌手の方は相当の苦労をされる(既にされている)と思われるのですが、ボカロ使いとしては、ぜひそのバリエーションを活用した歌を作ってみたいです。
思えば、初音ミクと過ごした1年は、ボーカルとは何か、ということと向き合った1年でした。
ボカロ使いたちは独自に、VOCALOIDを「調整」し、より人間の歌らしくする方法を苦心しながらみつけ、共有してきました。VOCALOID技術のコントロールを技術的に推し進める「ぼかりす」が登場し、「うまいボーカリストはどう歌っているのか」が明らかになってきました。
今週、日本で最も歌がうまいロックボーカリストとひさびさに話をする機会がありました。そこでこんな話が。
「日本の音楽評論にはまともに楽器、とくにボーカルについて語れるやつがいない」
その例として彼が挙げたのが、ディープ・パープルの「紫の炎」が出たときのライナーノーツで、デビッド・カバーデールが1人で幅広い声を出しているという勘違い評論。これが日本のポピュラー音楽評論家の第一人者というから頭にくる、というものでした。
デビカバとグレン・ヒューズの声質はまるで違うので、いくら情報がない状態だったにしてもその勘違いはひどいものがありますよね。
それは1970年代当時の話かと思っていたら、その後、彼がプロになってからもひどい状況だったみたいで、ボーカルについて適切な批評・判断ができる人がほとんど存在らしいのです。
「たとえばロバート・プラントなんて、1、2、3、4のそれぞれのアルバムで声のタイプがぜんぜん違うじゃん。みんなそれわかってない」
「5(聖なる館)から後のプラントはダメ」
「ロバート・プラントがそうだから、ハードロックボーカルは歳をとると声が衰えるという説があるけど、ウソだね」
などなど、おもしろい話はいろいろあったんですが、前から彼に聞こうと思っていたことを尋ねてみました。
「声をいくつも切り替えながら歌ってるけど、それは何種類くらいあるの?」
「使い分けはしてるけど、明確に境界線を引いてるわけじゃなくて、中間的なものはいくらいでもだせる」
「ボーカルは音程の安定しない楽器だから、正しい音は通過ひとつの“点”でしかないわけだけど、ボーカリストはそこにできるだけ早く到達して、安定しないところはビブラートやさまざまなテクニックでごまかすというか、聞きやすいものにするわけだよね」
「そう。その認識で正しい」
初音ミクがごく自然にやっている安定したピッチというのは、人間のボーカリストにとってはかなり大変なことであり、1フレーズごとに、出だしの音を安定したポイントにもっていって、それを維持し、ビブラートをかけたり、不安定な音移動のときにはいろんなテクニックでごまかしたりするわけです。そのフレーズパターンをどのくらいもっているかというのがボーカリストの技術ということにもつながるわけです。
とにかく、この1年間は、非常に多くの人が、「ボーカルとは何か」「ボーカリストとは何か」を考えたわけで、その成果をうまく人間に応用できれば、すげーうまいボーカリストばかりになると思うんですけど。優秀なボーカリスト評論家もうまれるしなあ。
ああ、わたしもうまくなりたい。と、人を進化させようとする触媒的存在、それが初音ミクなのです。