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追悼コンサート「Concert for Tori-chan」と妻音源「とりちゃん」

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 9月7日、妻のための追悼コンサート「Concert for Tori-chan」が開催されました。

 妻とぼくが出会った東京外国語大学の軽音サークル「GMC」の仲間が企画してくれた素晴らしいイベントで、大学の仲間、妻が専攻していたペルシア語科、中学・高校に通った桜蔭学園の同級生や先生方など、70名近くが荻窪のライブハウスrooster north sideに集まり、想い出を語り、歌い、演奏しました。

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 6月25日に旅立ってからずっと取り組んできた、妻の写真、動画、想い出集めの成果を、愛してくださったみなさんに素敵な形で披露することができて本当によかったです。

 ぼくは、妻が所属していたバンドに参加したり、いっしょにやっていたバンドで演奏したりと何曲かプレイしたのですが、その中で、妻の歌声と共演することを考えました。

●妻の歌声を生かし続けること

 死の9日前、妻は最初で最後のスタジオレコーディングをしました。友人の山崎潤一郎さんたちと、妻の歌声をiTunes Storeで配信するためのプロジェクトを数カ月前から進めていて、その用意が整ったため、近所のプライベートスタジオをお借りして1曲だけのレコーディングをしたのです。曲は、2007年に初音ミク用に妻が訳詞した「その後の古時計」。有名な「大きな古時計」の、ほとんど知られていない続編です。

 それをアレンジしなおして、妻の歌声で録音し、iTunes Storeで配信したらおもしろいよね、という企画。

 その成果を聴かないまま、妻は旅立っていきましたが、その歌声は残りました。現在、堀越功さんがアレンジを進めており、歌声の調整は山崎さんが行った者をぼくが引き継いで、まだ続けています。その歌声の調整をやっていく過程でいくつかの試行錯誤がありました。

 ピッチの細かい調整と、音質の問題が浮かび上がってきました。病状がかなり進んでおり、相当に頑張ってはいても歌声は細く、声質が安定しません。できればダブルトラッキングしたいところですが、本人への負担になるため、1コーラスに1回ずつの収録のみ。そこから品質を上げていかなければなりません。

 導入したばかりのLogic Pro Xに付属しているFlex Pitchという音程とタイミングを調整する機能を使い、ある程度仕上げることができましたが、声質のフォルマントをいじっただけだと声が太くなりません。また、ピッチを完全に合わせてしまうとロボ声になってしまいます。

 そこで考えたのが、この歌声を元にUTAU音源を作り、その合成歌唱と本人歌唱をダブルトラッキングすることです。

 通常、UTAU音源を作るには、耳ロボPさんの「OREMO」という録音ツールを使い、何時間かかけてレコーディングしたものを調整するのですが、当然ながらそのようなことはやってません。でも、同じ耳ロボさんの「fransing」というツールを使えば、1つの曲に使われた歌声に含まれる音素を分解して、UTAU音源として再構成できるのです。これに気づいたぼくは、「その後の古時計」を元に、fransingにかけてみることにしました。

 fransingを使うためには、元の歌唱に対応する歌詞付きシーケンスを、UTAU側で用意しておく必要があります。長さ、歌詞のタイミング、テンポをぴったり合わせたUTAU-Synthのシーケンスを.ustという形式で保存し、同じフォルダに置いて、fransingを実行させると、UTAU音源が出来上がります。

 そうして作られたのが妻音源「とりちゃん」です。「とりちゃん」というのは妻の愛称で、中学のときからずっとそう呼ばれています。妻の歌声に、永遠に生きてもらうことにしました。

 その音源の原音設定(UTAUの個々の音素の発声タイミングや長さを設定すること)をやりながら、「その後の古時計」をUTAU音源で合成することに成功しました。これで、妻の歌声でダブルトラッキングができました。

 さらに押し進めて、間奏のコード進行がIn My Life風になるところを、ジョージ・マーティンがテープスピードを落として録音したというピアノソロのメロディーで、妻音源にスキャットしてもらったり、フェードアウトのところで高音の持続音を歌ってもらったりしています。その成果はコンサートで披露しましたが、一般向けの公開はちょっと後にする予定です(まだ再調整するので)。

 こうして生まれた妻音源ですが、実はもう2曲、妻の歌声は残っています。1つは、昨年10月、ぼかりすの記事を書いたときに、その元音源として妻に歌ってもらった荒井由実「雨の街を」。

VOCALOIDを歌って調教するぼかりす製品版、自分で歌って使ってみました

 実際にはこの曲を記事中で使うことはなかったのですが、iPadのGarageBandに録音したものが残っていました。ソファに寝たまま録音したわりにはいい出来映えで、まずはそのピッチやタイミングをLogic Pro XのFlexPitchで調整しました。その妻歌唱がこちらになります。

 こちらの歌唱のほうが力強さがあり、中音域、高音域でも地声で歌っているので、「その後の古時計」の音源と併用するといいかと思いました。あと、不足している音素も、これで補うことができます。

 最後の1つは、英語曲で、ビートルズの「If I Fell」。エイベックス主催のコンテスト「Applayers」に妻と2人のユニットで応募したもの。応用音声楽団というのは、大学のときに2人が1、2回ライブでやったことのあるユニット名です。

 これには英語特有の音素があるため、先の2つの日本語音源と組み合わせれば、ひょっとして英語曲もある程度歌えるんじゃないかという期待もあります。

 英語曲のUTAU音源化はあまりルールが定まっていないようなので、とりあえず空耳的にカタカナで音素化しておいて、それにエイリアスをかける形で、発音記号表記のX-SAMPAと一般的な英語表記の併用でいくことにしました。


●妻音源で追悼ライブを

 こうして出来上がった妻のUTAU音源、仮に妻音源「とりちゃん」としていますが、これで1曲できるかな、と試してみたのがこれです。

 初音ミクみくさんで記事にしてもらい、話題になりました。


松尾P氏が亡くなった妻の音源を制作し「UTAUカバー」動画を投稿(初音ミクみく)

 肯定的な反応がほとんどだったのがありがたいです。

 さて、追悼コンサートの話に戻ります。ぼくは、このコンサートではいくつかのバンドで出番があります。できるだけたくさん、妻の出番を増やしたいので、この妻音源に活躍してもらうようお願いしました。

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・ChikaちゃんStreet Band「Girl In Me」。EPOのカバー曲。ぼくは妻の代わりにキーボードを担当。イントロの複数のストリングスをiPad版GarageBandのシーケンスで流し、アナログシンセをGarageBandの内蔵音源でリアルタイム演奏する。それをバンド演奏と同期させるために、カウントを冒頭に入れるのだが、そこで「One, two, three, four」を、妻音源でしゃべってもらった。

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 ポイントは、three。threeのthの部分。X-SAMPAだと[T]の部分が、If I Fellの中にも出てこないので、theの[D]を流用し、その部分だけボリュームを30%にしました。

・Toddo「Cliché」。トッド・ラングレンのカバー。去年の年末で、友人2人といっしょに演奏した曲。妻は最初のバースのボーカルとコーラス、ピアノソロまでやりました。今回は、GarageBandで作ったオケにピアノソロまで入れて、ボーカルとコーラスは妻音源に歌ってもらった。英語曲なのでけっこう大変。

 妻のボーカル部分に時間がかかりすぎて、バンドのリハもできず、オケも完成しない状態で当日にもつれこみ、会場に向かうタクシーの中で最後のベースを入力したというもの。でもなんとかなりました。

 [eI][aI]といった二重母音をUTAU-Synthでうまく発声させるのは難しいので、元の音素の長さにまで伸ばしたもので発声させておいて、それをFlex Pitchで短くするといったテクニックを使って、ある程度自然に聴こえるようにできました。UTAU-Synth側では長めに取っておいて、ボーカルエディタ側で長さやタイミングを調整するというのは、楽ですね。そのためにもLogic Pro Xの安さは有用かと思います。

 妻のボーカルを途中からぼくが引き継いで、次に友人の奥田君、そしてぼくが最後まで歌うという構成。妻と奥田君がコーラスもいっしょにするという、とても一体感のある曲になりました。

・Beatless「Let It Be」「My Love」。ビートルズのコピーバンドで、途中から妻も参加しました。どちらも、YouTubeに投稿したときにはVOCALOIDをコーラスに使っていたのが妻は気に入らなかったみたいで、自分がやりたいということを言ってました。そこで、今回は参加してもらうことに。Let It Beは「うーうー」というコーラスだけで、My Loveの歌詞も短いものなのでそれほど苦労はなかったです。

 この曲では、十数年ぶりにギタリストの石橋君のギターソロを。これまではぼくがiPhoneのPocket Guitarでやっていたんですが、やっぱり本物のギターもいいね。妻のコーラスも分厚く、よく聴こえたのでとても気持ちよく歌うことができました。歌詞はやっぱり間違えたので、きっと夢の中で怒られることでしょう。

 このバンドがトリを務めたんですが、全曲オケに合わせるというかなり困難の伴う演奏。みんながんばりました。でも、ドラムがクリックに合わせて弾くというのは、30年以上前に、ぼくが参加していたテクノ系バンドEX-POPでやってました。その時のドラムが人見元基。Rydeenのドラムを彼が叩いてたんですが、クリックに合わせるのがいやで、その後辞めてしまいましたw。

 ちなみに、このBeatlessの前のバンドは、人見バンド。息子たちが「これが日本一のボーカルか。すごいすごい。どうしたらあんなふうに歌えるんだ!?」と感動していました。ぼくはコーラスとオルガンを担当して、iPad版Pocket Organ C3B3でスピリングリバーブクラッシュを披露しました。

 プログラムに、とりちゃん歌曲集「とりの唄」というコーナーがあり、そこで、「雨の街を」「If I Fell」「その後の古時計」を、解説を加えながら披露しました。「If I Fell」と「その後の古時計」は収録前後のフッテージを追加した特別バージョンです。会場からは自然に歌声がわき起こります。

 最後にもう1曲、「ひこうき雲」を紹介しました。「空にあこがれて、空をかけてゆく」ここでも合唱が起きます。みんなは、これを「とりちゃんの唄」として感じてくれたようです。受け入れてもらえるかどうかは賭けだったけど、やってよかった。

●君の友だち

 バンド演奏の合間に、海外の友人からのビデオメッセージがいくつかありました。外語大なので、海外にいる友人が多いんです。パキスタン駐在の牛丸君、シンガポールで社長をやってる徳毛君、上海から池田君、フランス駐在の三田君(日本で収録してたけど)、ワシントンから奥村君、アルゼンチンの栗谷夫妻……。みんな、メッセージの最後は「You've Got A Friend」で終わる。なんなんだこれ。

 ラストはうちのサークルで人見元基に次ぐグレートなボーカリスト、新谷美和さんのメッセージなんだけど、You've Got A Friendをシャウトで歌い上げる。すると、すごいキーボードプレーヤーである上坂さんがいつのまにかステージに上がり込み、ピアノを弾き始める。この先輩はいつもそうで、隙をついてBGMを始めるんだよね。

 すると、その伴奏に載って、堀さんがステージに上がって歌を引き継ぐ。さらに、佐藤君(元Google)が歌ってる。みんなが次々と歌い始める。会場の後ろのほうでは人見さんが歌い上げ、合唱となる……。

 泣かせやがって……。妻とぼくの最高の友だち。We've Got Friends.

 だめだ、また泣きそうなので、ここで終わりにしよう。でも、ぼくと妻の物語はまだ続きます。ぼくが生きている限りは。みんなが覚えている限りは。

「思い出すその度に、生きていると同じこと」(「その後の古時計」訳詞:松尾よしこ)

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