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Gartnerが提唱する「AI価値創出の3本柱」----ROIを財務指標の外へ広げる理由

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米調査会社Gartnerは2026年3月9日、フロリダ州オーランドで開催した「Gartner Data & Analytics Summit 2026」において、「AIから価値を引き出すための3つの柱(Three Pillars)」を発表しました。

Gartner Identifies Three Pillars for Deriving Value from AI

AI導入率は2024年の約40%から2026年には80%へと急速に拡大していますが、その一方で、AIのコストに対する財務的な統制を導入している組織は44%にとどまるという調査結果が公表されています。導入のスピードと投資管理の成熟度との間に、無視できないギャップが広がっている状況です。Gartnerは、ROIを財務指標だけで捉えるのではなく、「知性への投資対効果(Return on Intelligence)」「誠実さへの投資対効果(Return on Integrity)」「個人への投資対効果(Return on Individuals)」という3つの軸で再定義することを提唱しています。

今回は、AI野心の設定とROI再定義の背景、AI基盤整備とガバナンスの課題や人材・スキル戦略の方向性、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

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AI導入80%時代に潜むコスト管理の空白

Gartnerが2025年11月から12月にかけてデータ&アナリティクス(D&A)およびAI分野のリーダー353名を対象に実施した調査によると、AIのコスト不確実性を懸念しているリーダーは全体のわずか5分の1にすぎません。この楽観的な認識が、AI FinOps(AI投資のための財務運用管理)の導入率が44%にとどまる一因になっていると考えられます。

2024年時点でAIを本格導入していた組織は約40%でしたが、2026年にはその割合が80%にまで拡大しています。導入フェーズが急速に進む中で、多くの組織はAI活用のスピードに財務管理の仕組みが追いついていない状態に直面しています。GartnerのVPアナリストであるAdam Ronthal氏は、「D&Aリーダーは、AIへの期待とバブル崩壊への懸念が交錯する中で、実際の価値を提供する責任を担っている」としています。

この状況が問題となるのは、AI投資の規模が拡大し続けているためです。クラウドコンピューティングのコスト、大規模言語モデルの推論費用、データパイプラインの維持管理費など、AIに関連する支出は多層的に積み上がります。それにもかかわらず、投資対効果を体系的に把握する仕組みが整っていなければ、経営陣がAI投資の継続・拡大・縮小を判断する際の根拠が曖昧になります。Gartnerが今回、ROIの枠組みそのものを再定義した背景には、こうした測定と意思決定のギャップが広がっている現実があります。

ROIを3つの軸で再定義する意味

GartnerのディレクターアナリストGeorgia O'Callaghan氏は、「価値の実現はROIで測られることが多いが、D&AリーダーはROIを財務的な指標以上のものとして捉える必要がある」と指摘しています。Gartnerが提示した3つの軸は、Return on Intelligence(知性への投資対効果)、Return on Integrity(誠実さへの投資対効果)、Return on Individuals(個人への投資対効果)です。

この再定義が持つ意味は、AI投資の成果を短期的な収益やコスト削減だけで評価する従来の枠組みでは、AI導入がもたらす中長期的な組織能力の向上を適切に捉えられないという認識にあります。たとえば、データから得られるインサイトの質が向上し、意思決定のスピードと精度が改善された場合、その効果は四半期の財務数値に直接反映されるとは限りません。しかし、組織としての「知性」が高まったことは、将来の競争力に直結します。

この3軸の枠組みは、CFOやCIOに対してAI投資の正当性を説明する際の言語体系としても機能することが期待されます。財務部門が求める定量的な説明と、技術部門が主張する定性的な成果との間に共通の評価基盤を構築できるかどうかが、今後のAIガバナンスにおいて重要となります。

「AI野心」の設定----実験の先にある戦略的意思決定

Gartnerが第一の柱として掲げるのは「AI野心の設定(Set AI Ambition)」です。Ronthal氏は、「すべての組織がAIを試している以上、実験しているだけでは差別化にならない」と述べ、データから得られるインサイトとチームの知識・直感を組み合わせることで「知性への投資対効果」を最大化する方向性を示しています。

この提言の背景には、多くの組織がPoC(概念実証)やパイロットプロジェクトの段階にとどまり、全社的な戦略としてAIを位置づけられていないという課題があります。個別の部門がそれぞれ異なるAIツールを導入し、組織全体としてのビジョンが不在のまま投資が積み上がるケースは少なくないでしょう。

Gartnerは、AI野心を設定するために必要な要素として、AIがD&Aに与えるインパクトの根本的な再考、共有ビジョンの策定、AIリーダーシップの確立、そして予測困難な隠れたコストの早期管理を挙げています。ここで問われるのは、AIを「業務効率化のツール」として限定的に捉えるのか、「意思決定の質を根本から再構築する基盤」として位置づけるのかという、経営レベルの判断です。この判断の違いが、同じ技術を導入しても成果に差が生まれる構造的な要因になると考えられます。

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AI基盤の整備----技術的負債とデータガバナンスの現実

第二の柱である「AI基盤の強化(Strengthen AI Foundations)」について、O'Callaghan氏は「強固な基盤がなければ、AIは多くの組織にとって高額な実験のままだ」と警告しています。アップグレードの先送り、チームのサイロ化、長年の技術的負債をAIや生成AIで補おうとするのは「希望的観測にすぎない」という指摘は、現場の実態を反映したものでしょう。

多くの企業では、レガシーシステムとの統合、データ品質の不均一性、部門間でのデータ定義の不一致といった問題が、AI活用の障壁として残っています。生成AIの導入によってこれらの課題が解消されるという期待がある一方で、実際には不整合なデータが生成AIに入力されることで、ハルシネーション(事実と異なる出力)や誤った意思決定を増幅させるリスクが高まります。

Gartnerは、この課題への対応として「統一されたコンテキストレイヤー」の構築を提唱しています。これは、AIが参照するデータの意味、関係性、利用権限を一元的に管理する層を指します。データガバナンスを「規制対応のためのコスト」ではなく「価値創出を加速させる仕組み」として再定義することが求められています。この転換ができるかどうかが、「誠実さへの投資対効果」を組織として実現できるかどうかの分岐点になるでしょう。

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人材戦略の転換----役割からスキルへ、組織から個人へ

第三の柱「人材のエンパワーメント(Empower People for AI Transformation)」は、技術やデータの議論とは異なる次元の課題を提起しています。Ronthal氏は、「組織の変化は速いが、人間が変化を受け入れる能力には限界がある。AIの準備は人間の準備よりもはるかに速く進む」と述べ、AIレディネスと人材レディネスの間に生じるギャップへの対応を促しています。

従来の人材戦略では、「どの役職にどのスキルが必要か」という役割ベースの発想が主流でした。しかし、AIによって業務内容そのものが再構成される環境では、固定的な役割定義よりも、個人のスキルセットとマインドセットに着目する方が合理的です。Gartnerは、変革管理への十分な予算配分、ツールよりもマインドセットとスキルセットを優先する方針、スキル開発ロードマップによる従業員の不安への対処、そして人間とAIが融合するフュージョンチームの試験的導入を推奨しています。

この提言が示唆するのは、AIの導入効果は技術そのものではなく、技術を使う人間の変化によって規定されるという構造です。生成AIツールを全社展開しても、従業員がそれを日常業務に統合するスキルとモチベーションを持たなければ、投資は回収されません。「個人への投資対効果」という概念は、人的資本投資の重要性をAI時代の文脈で再確認するものといえます。

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3つのリターンが連動する構造

Gartnerが提示した3本柱を個別に理解するだけでは、その全体像は十分に把握できません。知性への投資対効果、誠実さへの投資対効果、個人への投資対効果は、それぞれが独立して機能するものではなく、相互に連動して初めて組織全体のAI価値を形成する構造になっています。

たとえば、AI野心を高く設定しても、データ基盤が脆弱であれば、インサイトの精度が担保されず、意思決定の質は向上しません。同様に、データガバナンスが整備されていても、それを活用できる人材が育っていなければ、基盤は「使われない資産」にとどまります。逆に、人材のスキルが向上しても、組織としてのAI活用の方向性が定まっていなければ、個人の能力は分散的にしか発揮されないでしょう。

この連動構造は、企業のAI戦略が「技術導入プロジェクト」ではなく「経営変革プログラム」として設計される必要があることを示しています。CIO、CDO、CHRO(最高人事責任者)が横断的に連携し、投資の配分とタイミングを全体最適で調整する体制が求められています。AI投資の成果が出ない原因を技術側に帰属させるのではなく、戦略・基盤・人材の三要素のバランスを経営アジェンダとして管理することが、今後の差別化要因になると想定されます。

今後の展望

Gartnerの調査が示すAI導入率80%という数字は、AIが一部の先進企業に限られた取り組みではなくなったことを表しています。今後の焦点は、「AIを導入しているかどうか」ではなく、「AIからどのような価値を引き出しているか」という質的な評価に移行していくと考えられます。

2026年後半から2027年にかけて、AI FinOpsの整備が加速し、AI投資に対する財務的な透明性を確保する動きが広がることが期待されます。同時に、データガバナンスの領域では、生成AI時代に対応した新しいフレームワークの策定が各国の規制当局においても進む見通しです。欧州のAI規制法の施行が本格化する中、アジア太平洋地域の企業にとっても、データの品質管理と利用権限の整備は競争力維持のための前提条件となるでしょう。

人材面では、役割ベースからスキルベースへの転換がHR領域全体のトレンドとして広がり、AI活用能力がジョブディスクリプションの標準項目になる動きが想定されます。技術・データ・人材の三位一体での投資設計ができる組織とそうでない組織との間で、AI価値創出の格差は拡大していくでしょう。経営層に求められるのは、個別のAIプロジェクトの成否に一喜一憂するのではなく、組織全体の「AI成熟度」を体系的に引き上げていく長期的な視座となるでしょう。

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