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コーポレートガバナンスと取締役会5原則

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日本企業の「稼ぐ力」をどう高めるか。これまでのコーポレートガバナンス改革は、社外取締役の導入や指名委員会の普及など体制整備を前進させてきました。

しかし、形式遵守の色合いが強まり、事業ポートフォリオの大胆な刷新や成長投資へのリスクテイクが後景に退いているとの批判も根強くあります。デフレ的経済から賃上げと投資主導の成長経済へ舵を切る今、取締役会には攻めの経営を主導する判断と監督が求められています。

今回は経済産業省が2025年4月30日に発表した「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」と同ガイダンスの資料をもとに、背景や論点、今後の展望などについて、取り上げたいと思います。​

「「稼ぐ力」を強化する取締役会5原則」、「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」を策定しました

ガイドライン策定の背景と狙い

経済産業省は2024年秋に『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会を立ち上げ、約半年にわたり上場企業、投資家、学識経験者との議論を重ねました。

その核心は、コーポレートガバナンス・コード"守りの内部統制"にとどまり、価値創造プロセスを十分に駆動していない点にあります。日本企業の自己資本利益率は主要先進国平均を下回り、株主還元強化が評価されても中長期的な成長投資への踏み込みが限定的でした。

インフレと円安が賃上げ圧力を高め、GXやDXに伴う巨額投資をどう確保するかという課題も浮上する中、取締役会が攻めの経営を支える仕組みへ軸足を移す必要性が確認され、5原則とガイダンス策定へとつながっています。​

取締役会5原則の要点

策定された5原則は、

①価値創造ストーリーの構築
②適切なリスクテイクの後押し
③中長期視点の経営監督
④迅速・果断な意思決定体制の確保
⑤CEO指名・報酬の実効性確保

という流れで、戦略・実行・統治を一気通貫させています。

各原則は取締役会が経営陣の"挑戦不足"を見抜き、検証と修正を迫るチェックポイントを提示しました。中でも価値創造ストーリーの継続的アップデートを求め、シナリオ分析や資本効率指標の議論を常態化する点が注目される点です。

また、ROEやROICに加え、人材投資や社会インパクトを可視化する指標導入も示唆され、資本市場との対話高度化を後押しします。

出典:経済産業省 「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会 2025.4.30

企業現場へのインパクトと残る課題

まず恩恵を受けるのはTOPIX500構成企業ですが、ガイダンスは「他社の牽引役」としての自覚も求めています。製造業や総合商社では、取締役会がROICツリーと人的資本指標を一体でレビューし、研究開発投資を拡充する動きが出始めました。

一方、社外取締役が膨大な資料を読み込むだけの"事後報告会"に陥り、議論が活性化しないケースも存在します。企業規模や組織文化に応じた議事設計、経営陣への建設的な反対意見の出し方を定めなければ形式主義が温存されかねません。

監査役会との役割重複を整理し、議決権行使助言会社との対話ルールを整えるなど、実務的詰めも重要な課題です。非製造業や新規事業を抱える企業では、短期収益変動を恐れずに資本を振り向けられるかが試金石となり、中期経営計画の開示手法にも創意が求められます。​

投資家・国際動向から見た評価軸

投資家サイドも5原則を企業評価の新たな物差しとして活用する機会も出てくるでしょう。スチュワードシップ・コード改訂以降、株主は財務数値だけでなく経営体制の透明性や議事の質を重視し始めました。

日本経済団体連合会は2025年4月18日、スチュワードシップ・コード改訂案への意見を公表し、投資家と企業の対話がより一層「形式」から「実質」を伴うものとなるよう提言しています。

欧米では指名・報酬委員会が長期インセンティブとESG指標を接続する事例が増え、日本企業が海外投資家とのエンゲージメントを深めるには、5原則を土台に"説明責任資産"を蓄積することが急務です。

ただし行き過ぎた短期株主迎合は研究開発や人材育成を圧迫するリスクも孕みます。資本市場との高度な対話は、経営の時間軸を対等にすり合わせる試金石となり、会計基準の国際対応や非財務情報保証体制の整備も並行して進む見通しです。​

今後の展望

5原則とガイダンスは、取締役会が価値創造の全工程を統率する未来像を描いています。重要なのは文書を読み込むだけでなく、議論の質と頻度を高め、シナリオを更新し続ける仕組みを定着させることが重要になります。

取締役会が事業ポートフォリオと資本配分を常時レビューする仕組みを制度化し、ROICと人的資本KPIを統合したダッシュボードを活用する企業が増える可能性があります。さらにはCEO指名・報酬委員会が、中長期インセンティブに成長投資達成率や新規事業創出件数を組み込み、経営陣のリスクテイクを後押しする設計が求められています。

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