芥川賞受賞作品「9年前の祈り」を生み出した佐伯の風土・子育て
「小説は土地に根ざしたもの。世界の文学も土地と人間を描いている。非常に個別の世界を描くことが普遍的なものにつながる。小説は僕が書いたかもしれないが、土地が小説を書いたと思う。」2014年下半期の芥川賞受賞作家である小野正嗣氏の言葉だ。
一度もお目にかかったことはないのだが、私は小野さんより7年早く、小説の舞台となる佐伯市にある佐伯鶴城高校を卒業した。おまけにその後に進んだ大学も一緒だ。
私は北海道の函館に近い町から転校してきたので、佐伯という土地の特殊性を他の誰よりも感じていたと思う。
道を歩いていると、見知らぬ色々な方が声をかけてくるので、まずびっくり。
姻戚関係も多く、道ですれ違う人をクラスメートが「どこの誰」とすらすらと説明してくれる。当然噂話も多い。友達と映画館に行けば次の日にはすぐクラスや親に知れわたる小さな社会だ。
若いころはそういうつながりが鬱陶しく感じるものだが、密着しているわりには、佐伯人の気質はオープンで明るい。「よだきい(おっくう、めんどうくさい)」を連発するおおらかな文化。どっちかというと談合体質。農業・漁業などの自営業が多く共働きも多い。三世代同居も多く、職住接近。今まで専業主婦のお母さんたちに囲まれて育ったひょろひょろの私からすると、子供たちも地域の人々もたくましく感じた。そういえば、佐伯を離れる日に、クラスメートが約束通り、大きな旗を持って来て、ホームでずっと振ってくれたっけ。
その佐伯で過ごした経験から小野さんの幼少時代を勝手に想像していたら、まさしくそれを裏付ける記事が日経DUALに掲載された。
芥川賞の小野正嗣 土地に育てられた幼少時代
「出し惜しみしない」4人の粋な親に育てられた
5年しか佐伯にはいなかったが、中高の青春時代を過ごしたわけだがら、佐伯という土地が私に与えた影響は小野さんが受けたものとかなり似ているに違いない。と、親近感を覚えて、芥川賞候補にあがるたびに小野さんを応援していたが、4回目にして受賞!(もっとも今回は大学で同級生だった小谷野敦さんも芥川賞候補にあがっており、ちょっと複雑な気持ちだったのだけど)
自分が子供をもつようになって、地域の人々に見守られていたあの佐伯の環境があるといいのになぁと思う。もっとも30年以上たった今でも佐伯にあの環境があるのか、今や佐伯を訪れることがなくなってしまった私にはわからないが。