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【書評】ジェフ・ベゾスとは何者なのか――『ワンクリック』

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スティーブ・ジョブズ亡き後、彼のカリスマを継ぐ経営者として期待されている人物が何人かいますが、ジェフ・ベゾスもその一人と言えるでしょう。言わずと知れたアマゾンの創業者で、最近は電子書籍プラットフォーム「キンドル」を巡って動向が注目されています。これまではジョブズのような研究本は出版されていませんでしたが(ジョブズの扱いの方が例外なのでしょうが)、ついに本格的な「ベゾス本」が登場しました。それが『ワンクリック―ジェフ・ベゾス率いるAmazonの隆盛』です。

ワンクリック―ジェフ・ベゾス率いるAmazonの隆盛 ワンクリック―ジェフ・ベゾス率いるAmazonの隆盛
リチャード・ブラント 滑川海彦 (解説)

日経BP社 2012-10-18
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本書はベゾスの生い立ちからアマゾンの立ち上げ、その躍進と低迷、そしてキンドルやクラウドサービスといった近年の成功までを時系列で解説しながら、彼の性格や経営スタイル、アマゾンという企業がビジネス界にもたらした影響などについて考察が行われています。正直、生い立ちからアマゾンを立ち上げる前までの経歴について詳しい解説を読むのは初めてで、意外な話も数多くありました(母方の祖先にロバート・ホール大佐という著名な軍人がいたり、祖父はエンジニアでアメリカ原子力委員会の西部地区責任者を務めたこともある人物だったりなど)。

冒頭の通り、ジョブズのポジションを継ぐ人物になるのでは?と期待されているベゾス。そんな人物がテーマですから、これを読めば誰でもビジネスで大成功!……となるところですが、本書はそんな一筋縄ではいきません。安物のジョブズ礼賛本のような、分かりやすい教訓や賛美を期待すると肩透かしをくらうでしょう。なにしろ第1章から、アマゾンの劣悪な職場環境に関する指摘が描かれているのですから。

こんなアマゾンを楽園だと思わない社員もいる。リチャード・ハワードもそういうひとりだった。ハワードは英文学の修士号を取得したのち、1998年にアマゾンでカスタマーケアの仕事に就く。のちのち編集部に移動し、書評を書きたいと思ったのだ。仕事を始めてみると、「カスタマーサービス、ティア1電子メール担当者」の4人がひとつのキュービクルで仕事をするという劣悪な職場環境で、まるで"カスタマーサービス工船"だ。実績評価のため電話は上司に聞かれているし、評価基準は1分間に処理できる電子メールや電話の本数である。このハワードの体験は、シアトルの新聞に掲載された「アマゾン・ドット・カルトからの『逃亡』」と題した記事にまとめられている。

(中略)

あるときハワードは、南北戦争時代の小説に興味があるからジェームズ・ミッチナーの『センテニアル』を探していると言われ、それならゴア・ヴィダルの『リンカーン』のほうがいいとすすめた。有能な書店員ならやりそうなサービスだ。しかし、この電話への対応に3分から4分もかかったとして上司に怒られてしまう。結局、ハワードは生産性が低すぎるという理由により3週間半でクビになり、マイクロソフトの契約社員に転職することになった。

こうしたマイナスの事例についても、本書は容赦なく取り上げています。正直な話、少し力点を変えればベゾスやアマゾンの批判本としても成立していたでしょう。ベゾスの先見性や熱意を紹介した直後に、彼の人間的な欠点も指摘する――そんな繰り返しが良く言えば中立的に、悪く言えばどっちつかずのままで行われています。

しかし僕は、このスタイルこそが本書の価値だと思います。ジョブズにも長所と短所があり、成功と挫折がありました。単に運が良かっただけ、で乗り越えてきた部分もあるでしょう。それはどんな経営者や会社に対しても言えることで、上手くいった部分だけをピックアップして「これが彼らの成功の秘訣だ」と言い切ってしまっても意味はありません。それは確かにすっきりとした読後感を与えてくれるでしょうが、現場では何の役にも立たないはずです。

むしろ「気むずかしいところもあり、大勢の前で部下をこきおろすという悪い癖もある」(アマゾン社員第1号のシェル・カファンによる評価)というベゾスがなぜここまでの大企業を構築できたのか、「生きのびられたのは運による部分が大きい」(同)というアマゾンのどこが参考に値するのかといった考察を、与えられた様々な証拠の中から紐解いてゆくというのが本書の読み方になるのではないでしょうか。当然ながらベゾスとアマゾンの今後を占うという視点からも、重要な一冊となるでしょう。

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