資産としての「デジタル足あと」
毎朝元気に散歩していた人が、急に家にこもりがちになった。あるいは毎晩スーパーに食材を買いに来ていた人が、急にデリバリーで済ませるようになった――こういった行動パターンの変化は、当然ながら何らかの体調不良を意味することがあります。今までは周囲にいる家族や友人が変化に気づき、「病院に行けば?」などとアドバイスしてくれたわけですが、今後はその役目をスマートフォンが果たすことになりそうです:
■ Apps Alert the Doctor When Trouble Looms (New York Times)
スマートフォン上に残された行動記録(位置情報の履歴や通話・メールなどのコミュニケーション履歴)を分析して、病気の兆候と考えられる行動パターンの変化を把握し、適切な措置(医療関係者への通知など)を行おうという取り組みについて。最近はビッグデータが話題ということで、このような取り組みにがあると聞いてもさほど驚きではないかもしれません。実際に似たようなアイデアは様々な形で実用化されようとしていますし、Android OSの「Google Now」(位置情報やウェブ閲覧履歴などからユーザーの現状を把握、適切な情報をプッシュしてくれるというアシスタント機能)も同じカテゴリに入るものと言えるでしょう:
■ Android 4.1のパーソナルアシスタント機能「Google Now」(ITmedia)
例えば、Google Calendarに場所情報を含めた予定を入れておくと、現在地から目的地までの所要時間を見込んで予定の情報カードを表示する。情報カードには、目的地までの地図と、ナビボタンもついており、ナビボタンをタップすると現在地からのナビゲーションがスタートする。
バス停に立っていれば、公共交通機関と交通情報のデータベース、ユーザーの位置情報から、バスが来る時間を知らせたり、飛行機に搭乗する場合は空港のゲート情報や遅延情報を表示する。
また、ユーザーが過去に野球チームやサッカーの試合について検索していると、お気に入りのチームを推測してそのチームの試合結果や次の試合の情報を表示する。
こうなるとどこまでの精度が実現できるのか?という点が気になりますが、先ほどのNYTの記事では、米国のCincinnati Children’s Hospital Medical Centerで行われた実証実験として、慢性的な胃腸疾患に悩む患者に関連アプリを使用してもらったところ、深刻な症状が出る数日前に行動変化をつかむことができたという話が紹介されています。また身体の病気だけでなく、精神系の疾患に対しても有効で、さらに「患者が処方された薬を決められた通りに飲んでいるか」といったチェックにも使えるとのこと。病院で処方箋といっしょにアプリのインストール指示書も手渡される、などという日も近いかもしれません。
ただ逆に言えば、それだけ私たちの現実世界での行動が、スマートフォン上に反映されるようになってきていると考えられるのではないでしょうか。さらに言えば、現在ではスマートフォンを使っていない人々でも、様々な形で「デジタルの足あと」を残しています。PC上のウェブ閲覧履歴や、各種ソフトの使用履歴。あるいはICカード等を通じた交通機関の利用履歴や、小売店での購買履歴。さらに今後は、スマートメーターや監視カメラといったようなものを通じてもデジタル情報が記録されてゆくことでしょう。意図したものかどうかはさておき、私たちの生活を写し取ったデジタルデータが蓄積されることになります。
このように現実に近いデータが集まれば集まるほど、それを分析することで得られる価値も高まります。自らの健康も左右するかもしれないとあれば、デジタル足あとはもはや「資産」の一種であるとも言えるでしょう。その「貯め」方や活用法によって差が出てきたり、第三者に盗まれたときに大きな被害を被ることになるという点でも、本当の資産に似ています(デジタルデータは盗まれても本体が無くなるわけではありませんが)。
例えばある病院で上記のようなアプリを処方され、そこで蓄積されたデータを他の病院でも活用できるようにコピーや転送ができないか。あるいは健康保険に加入する代わりに、アプリ等を通じて行動データを蓄積するように求められた時、それを第三者にも提供できるように求められるか、等々――どこに自らの行動記録となるデータが残されていて、誰がどのように使っているのかを確認したり、そのデータの活用を制限したりするなど、個人でも資産運用ならぬデータ運用を求められる時代が来るかもしれません。僕は細かい申請手続きをするのが苦手なので、そんな時代が来たらどこか信頼できる企業が、個人の行動記録を集約・一括運用するサービスなどを始めてくれると良いのですが。
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