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【書評】「待つ」のも大切な戦略――'Wait: The Art and Science of Delay'

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1分でも速く、1秒でも速く。とにかくスピードが求められる現代では、証券市場のHFT(High Frequency Trading、高頻度取引)のように、1秒以下の行動が勝敗を分けることすらあります。しかし反射的に行動することが、本当に正しい結果をもたらすのか――本書'Wait: The Art and Science of Delay'は、その名の通り「待つ」ことの大切さを考える本です。

Wait: The Art and Science of Delay Wait: The Art and Science of Delay
Frank Partnoy

PublicAffairs 2012-06-26
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このスピード時代に「待つ」だって?と思われるかもしれませんが、一見すると素早い判断をしているように感じられても、実は「判断を遅らせる」という行為を効果的に行っている場合があることを本書は指摘します。例えばテニスプレーヤー。瞬間的判断の最たるもののように思えますが、トッププレーヤーの行動を分析したところ、素早いのは体を動かす身体的能力だったとのこと。彼らはその素早さを利用し、可能な限り「待つ」、つまりより多くの情報を収集し判断することで、戦略的な一打が放てるわけですね。同じような話として、相手の出方を「待って」その行動を分析し、効果的な反撃を行う戦闘機パイロットの事例なども取り上げられています。

だからといって、瞬間的に判断するのが間違いだとというのが本書の主張ではありません。経験に基づく一瞬の判断が正しい場合があることは、グラッドウェルのベストセラー『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』などでも解説されている通りです。しかし反射的に行動することで良い結果がもたらされるのは、その考え方を生み出した状況が再現される場合、つまり過去のパターンが繰り返される場合のみ。まったく新しい状況や大量の情報に直面してパニックを起こし、自分の身体にしみついている行動が思わず出てしまった結果、悲惨な結末に陥るという事例も本書には登場します。

それでは即断即決と深淵熟慮、いったいどちらをいつ使うべきなのか。その使い分けが行える人物こそプロフェッショナルだ、と本書は主張します。パニックの例からも分かるように、実は人間は反射的に判断したり、過去の経験に基づいて自動的な行動を行う方が得意な生き物。どうしても前のめりになりがちな判断を、必要に応じて遅らせることができるかどうかが、判断の速さではなく「正しさ」を実現するために大事なわけですね。

実際、グラッドウェルの『第1感』に登場したジョン・ゴットマン(同書の中で「夫婦の会話1時間分を解析すれば、ゴッドマンはなんと95%の確率で、その夫婦の15年後を予測できた」と紹介されている人物)も、瞬間的な判断を行おうと思えば行えるものの、可能であればより長い時間――2秒ではなく2日間ぐらい――情報収集を行うことを推奨しているそうです。テニスプレーヤーの場合と同様に、どこまで判断を先延ばしにしてより多くの情報を集められるか。やみくもに判断の速さを求めるのではなく、一方で判断を遅らせる(遅れても許される状況を整える)努力をすることが重要なのでしょう。

とはいえ現代は様々な環境的要因もあり、のんびり判断するのはなかなか難しいもの。ファーストフード店のロゴを被験者に見せたところ、読み終わるのに平均84秒かかった文章が69.5秒で読めるようになった、などという実験結果もあるそうです(同じぐらい内容を理解できたのかどうかは不明)。1分でも速く、1秒でも速く。とにかくスピードを追求するプレッシャーにさらされている現代人には、あえて「待つ」ことを進める本書のような存在が、もっと必要なのではないでしょうか。夏休みも過ぎてしまいましたが、他にも様々な「待ち」戦略の効果が紹介されていますので、ご興味のある方は是非。

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