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トルストイの時代に電子書籍があったら、『戦争と平和』は短くなっていたのだろうか

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日本でもアマゾンの電子書籍リーダー「Kindle」が発売間近ということで、いよいよ電子書籍の普及が加速すると予想されていますが、電子書籍時代にはどんな変化が起きるのでしょうか。それを垣間見ることのできる話として、WSJに面白い記事がアップされています:

Your E-Book Is Reading You (Wall Street Journal)

あらゆる電子メディアでは、利用者の行動履歴を簡単に把握することができます。ウェブの世界ではもはや口に出すまでもない話ですが、電子書籍が普及すれば、それと同じことが出版の世界でも起きるわけですね。これは以前から予想されていたことですが、もはや仮定の話ではなく、現実の取り組みとして進みつつあることがいくつかの事例を通して解説されています。

It takes the average reader just seven hours to read the final book in Suzanne Collins's "Hunger Games" trilogy on the Kobo e-reader—about 57 pages an hour. Nearly 18,000 Kindle readers have highlighted the same line from the second book in the series: "Because sometimes things happen to people and they're not equipped to deal with them." And on Barnes & Noble's Nook, the first thing that most readers do upon finishing the first "Hunger Games" book is to download the next one.

平均的な読者は、スーザン・コリンズの『ハンガー・ゲーム』シリーズ最終巻を電子書籍リーダーのコボで読むのに7時間を費やす。1時間あたり57ページという速さだ。約1万8000人のキンドルユーザーが、同シリーズ第2巻に登場する「それに対処する準備ができていないうちに、何か事件が起きるということがあるからだ」という個所をハイライトした。そしてバーンズ&ノーブルの電子書籍リーダー「ヌック」のユーザーが『ハンガー・ゲーム』シリーズ第1巻を読み終えた時、彼らが最初にするのは第2巻をダウンロードすることだった。

これは非常に初歩的な解析ですが、読者がどの程度スラスラと読めているか、著者の想定通りの箇所がウケているかといったことが分かるわけですね。そして実際にこうしたデータや分析結果が、出版側とシェアされるという状況が生まれているそうです:

Barnes & Noble, which accounts for 25% to 30% of the e-book market through its Nook e-reader, has recently started studying customers' digital reading behavior. Data collected from Nooks reveals, for example, how far readers get in particular books, how quickly they read and how readers of particular genres engage with books. Jim Hilt, the company's vice president of e-books, says the company is starting to share their insights with publishers to help them create books that better hold people's attention.

電子書籍リーダー「ヌック」を通じて、電子書籍市場の25%から30%を占めているバーンズ&ノーブル社は、近ごろ電子書籍における読書行動の研究を開始した。例えばヌックを通じて収集されたデータによって、読者が特定の本を読むのにどの程度没頭しているか、どのくらいの速さで読み終えるのか、読者層による違いはあるかといったことが明らかになっている。同社の電子書籍部門バイスプレジデントであるジム・ヒルトは、出版社がより読者からの人気を得る本を制作できるように、こうした知識を出版社とシェアすることを始めたと述べている。

閲覧者の反応に応じて、サイトのデザインやコンテンツを変えるというのは、ウェブであれば当然の行為です。まったく同じことがいよいよ出版の世界でも始まったというのは、ある意味で意外でも何でもない話でしょう。しかしこの当然の成り行きが、「売れる本をつくる」という上での業界の力関係を変化させ、出版プロセスも一新させるかもしれません。大量のデータ収集と分析が実現すれば、プログラムにスポーツ記事を書かせるだけでなく、売れるラブロマンスを自動生成することも可能になったりしてね。

しかしそんな「売れるパターンの大量生産」はつまらない、という方も多いでしょう。ハリウッド超大作やJ-POP、テレビ番組、あるいは……っと敵を広げそうなのでこれ以上は挙げませんが、既にいくつかの分野で、リスクを避けてヒットパターンを繰り返すという現象が見られます。そこに出版業界も加わってしまうのか、と不安になりますが、記事でも同じような懸念が紹介さています:

Others worry that a data-driven approach could hinder the kinds of creative risks that produce great literature. "The thing about a book is that it can be eccentric, it can be the length it needs to be, and that is something the reader shouldn't have anything to do with," says Jonathan Galassi, president and publisher of Farrar, Straus & Giroux. "We're not going to shorten 'War and Peace' because someone didn't finish it."

データ依存主義によって、偉大な文学作品を生むのに必要な「創造的リスク」が避けられるようになってしまうのではないか、という声もある。Farrar, Straus & Giroux社のジョナサン・ガラッシ社長は、次のように述べている。「本というのは、時にはエキセントリックであり、必要なだけの長さを持ち、読者のことは気にしないものなのだ。読み終えられない人もいるからといって、『戦争と平和』を短くするなんてことはありえない。」

誰もが過去の成功パターンを繰り返すようになれば、革新的な作品が生まれる可能性は大きく低下してしまうことでしょう。その意味では、電子書籍によって「データ主義」が出版の世界にも持ち込まれることはマイナスであると言えます。しかし文学を救うためだからといって、どこかの出版社に「創造的リスク」(つまりビジネス的には大失敗の作品となるリスク)を引き受けるように強要するというのも難しい話です。

ただ個人的には、デジタル化のもう一方の側面である「個人の参加の容易化」という要素によって、問題がある程度緩和されるのではないかと期待しています。例えばアマゾンはキンドルを通じて、個人がブログ記事を配信することを可能にしているわけですが、ビジネスとして執筆に取り組む必要性の薄いプレーヤーたちも参加しやすくなることで、過去の成功パターンを気にしない行動が存在し続けるでしょう。そこからまったく新しいタイプのヒット作が生まれ、出版界を活性化してゆく可能性もあるのではないでしょうか。仮にトルストイの時代に電子書籍があったら(実は既に存在したという話もありますが)、出版社に『戦争と平和』を見せて「これじゃ売れん!もっと短くしろ!」と言われたトルストイは、その要求に屈せずパブーで発表する道を選ぶかもしれません。

またこのテーマについては、もう一方で「読者のプライバシー侵害リスク」という難しい問題をはらんでいます。読者と出版社、作家、そして電子書籍プラットフォーム提供者がどのような「データ共有」関係を構築すべきか、さらに難しい議論が求められることになりそうです。

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ちなみにプライバシーの点については、翻訳者のyomoyomoさんからこんな記事があることを紹介していただきました。2年前の状況ですが、ご参考まで:

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