写真の旅
デジタルカメラ、写真加工ソフト、画像共有サイト -- などなど、ここ数年で「写真」というものを取り囲む環境は大きく変わりました。それは主にデジタルの側からの働きかけによるものでしたが、最近はアナログ的な取り組みが人気を集めているそうです:
■ ブームの裏側 -- スクラップブッキング 思い出の写真 私流”芸術作”に (日経流通新聞 2006年6月30日)
写真を加工・レイアウトして1つの作品を作る「スクラップブッキング」というものについて。加工といってもデジタル的な処理ではなく、写真と装飾物(星やハートをかたどった紙や、その写真を撮った時に手に入れたおミヤゲ、お菓子の包み紙、チケットの半券など)を切り貼りして台紙に貼り付けていくことを指しています。もっと詳しく知りたい方は、こちらのサイトが参考になりそうです:
■ Scrap Booking スクラップブッキング~あなたも思い出アーティスト~
要は写真だけでは伝わらない感情や感動を、アナログ的なコラージュの手法を使って伝えようとする試み、と言ったらよいでしょうか。実際、日経MJの記事では「パソコンの中ではなんてことはない写真でも、プリントアウトしてアレンジしてみると思いが募る」というスクラップブッキング経験者(29歳女性)のコメントが掲載されています。
このブームに応じる企業も現れ始めています。スクラップブッキングのテクニックを教える講座を始め、作品を作るのに必要な素材を売るお店や、コンテストを開く団体もあるのだとか。大手ではエプソン販売が、スクラップブッキングを家で楽しむためのホームページを開設し、フォームやプリントアウトして使う素材集を提供しているそうです:
■ スクラップブッキングを楽しもう!(エプソン)
しかし面白いのは、スクラップブッキングの中心である「写真」の専門家である(デジタル)カメラメーカーやフィルムメーカーの動きが見えてこない点です(唯一見つけたのは、富士フィルムが開設しているこちらのサイトでの記事ぐらい)。MJの記事を読んで、2・3回ネットで検索をかけただけですので僕が気付かなかっただけかもしれませんが、エプソン以外の大手メーカーがこの流行に反応している気配は見えてきません。写真の新しいカタチが生まれてきていることに、彼らは気付いていないのでしょうか?
以前から取り上げていた"The Ten Faces of Innovation"という本(最近『イノベーションの達人!』というタイトルで邦訳が出版されたそうです)の中で、「消費者の行動を旅として捉えてみよう」という提言が出てきます。この考え方から見えてくるのは、「旅」は企業が想像するよりもずっと早く始まり、ずっと後に終わるという事実なのだとか。今回のケースに当てはめてみると、消費者が写真というものを通じてめぐる旅は、企業が気付かない間に長く伸びつつあると言えるのではないでしょうか。
以前なら、カメラを買い、写真を撮り、現像し、アルバムに収めて「旅」は終わりでした。しかし写真がデジタル化されたことで、現像の代わりに「PCへの取り込み」「加工」「印刷」「メディアへの保存」というステップが生まれました。さらにWEB2.0の時代、新たに「WEBサービスへのアップロード」「他人との共有」という目的地が登場しています。スクラップブッキングの流行は、そこからさらに「アナログでの加工」「感情の共有」という目的地まで旅を伸ばすものかもしれません。しかしこの延長に気付き、消費者への首尾一貫したサービス提供に成功したカメラメーカー・フィルムメーカーは現れませんでした。これまでのルートを旅する人々に対応することはもちろん重要ですが、時には新たな道を行く「開拓者」たちに対応することも、企業が時代遅れにならないために必要なのでないかと思います。
もしかしたら、旅は後ろに伸びているだけでなく、始まりが早くなっている可能性もありますね。デジタルで簡単に画像が共有される世界では、「撮る」という行為が出発点である必要すらないでしょう。実はどの企業も気付いていないビジネスのタネが、写真の旅の中には隠されているのかもしれません。