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【書評】『リアルタイム・マーケティング』

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2011年8月にイギリス各地で発生した暴動。暴徒たちは携帯電話とネットを駆使することで、烏合の衆であるにも関わらず迅速に行動することを可能にし、警察組織を圧倒しました。首都ロンドンで8月6日に投入された警官の数は3500人。しかし暴徒を抑え込むことがはできず、対処療法的にずるずると追加の警官が投入され、5日目の8月10日までにその数は1万6000人(当初の4倍以上!)に達しています。

仮に警察側も迅速に行動して、初日からある程度大量の警官を対応に当たらせていたらどうなっていたか。ロンドン大学の先端空間分析センターが、そんな仮定の下に分析を行ったそうです:

Model suggests earlier response could have shortened London riots (Wired.co.uk)

結論から言えば、やはり迅速な行動があればより早期に収束できただろうとのこと。初日から5~6000人を投入し、暴動が発生しそうな場所に配置することができれば、2日間程度で終わらせることができたのではないかというのが研究者たちの出した答えです。

突発的に発生し、刻々と状況が変わるような事態に対して、「よく考えてから結論を出そう」や「上層部にお伺いを立ててから行動しよう」などといった態度で臨むのではなく、こちらもリアルタイムな意思決定と行動を実現してゆくこと。それは何もロンドンの警察だけではなく、あらゆる企業や組織が肝に銘じなければならない基本原則であることが、本書『リアルタイム・マーケティング』最大のメッセージであると言えるでしょう。

リアルタイム・マーケティング 生き残る企業の即断・即決戦略 リアルタイム・マーケティング 生き残る企業の即断・即決戦略
デイヴィッド・ミーアマン・スコット 楠木建

日経BP社 2012-04-26
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以前『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』という本をご紹介したことがありましたが、本書はその共著者であったデイヴィッド・ミーアマン・スコット氏の新刊となります。しかし今回は至って真面目に(いや、『グレイトフル・デッドに~』が不真面目だという意味ではないのですが)、マーケティングがリアルタイム化を強いられる時代の企業のあり方について検討している一冊。実は原著'Real-Time Marketing and PR'(2010年11月出版)を読んでいたのですが、そこからかなり加筆されていて、原著を読んだよという方でも新たに楽しめる内容となっています。

本書の冒頭にはユナイテッド航空の失敗事例が掲載されているのですが、彼らの姿は、まさに先ほどの暴徒鎮圧に出遅れたロンドン警察の姿とダブって見えることでしょう。ユナイテッド航空が最近犯したマーケティング上の失敗といえば……そう、かの有名な"United Breaks Guitars"の話です:

カナダのフォークバンド、Sons of MaxwellのシンガーソングライターであるDave Carrollさんが2009年7月6日に投稿した1本の映像。一通り見てもらえれば一目瞭然だと思いますが、ユナイテッド航空に大切なギターを壊されたにも関わらず、酷い対応しか受けられなかったことを歌にして訴えたわけですね。これが大ヒットして、掲載から3日で再生回数は20万回に到達。ユナイテッド航空のイメージが地に落ちることになったわけですが、ユナイテッドの幹部がDaveさんに謝罪したのは、ビデオの投稿から2か月以上経った9月14日のこと。これはもう、初期対応を誤ったというレベルの話ではありません。

実は"United Breaks Guitars"の事例には、リアルタイム対応を行うことで成功を収めた企業も存在していたことが本書で明らかにされています。例えば楽器用の丈夫なケースを製造・販売しているCalton Casesはこの騒動を聞きつけ、動画投稿のわずか12時間後にDaveさんに接触。「Dave Carroll仕様旅行用ギターケース」なるものを即座に開発して、知名度の向上と大きな売り上げを手にしました。さらにユナイテッド航空が壊したギターのメーカー、Taylor Guitarsも動画公開から24時間以内にその存在を察知、新品ギターの無償提供を申し出ています。

こういったリアルタイム対応が求められる事態は、ごく例外的で、めったに起きないものなのでしょうか?いや、ソーシャルメディアとモバイル機器が普及し、そして何よりそうした状況をフル活用できる個人が当たり前の存在になった現代では、リアルタイム対応の有無がその後の流れを大きく変えるという場面がいつ生まれてもおかしくないのです。僕自身、ちょうど2年前になりますが、こんな体験をしていました:

エイヤフィヤトラヨークトル氷河の火山噴火で、マドリッドに1週間足止めされていた件 (2010年4月27日)

覚えていらっしゃるでしょうか、2年前にアイスランドで起きた氷河(の下にあった火山)の噴火。その際に欧州上空に飛び散った火山灰により、旅客機の飛行が長期にわたって制限されるという事態が発生しました。何を隠そう、当時休暇で旅行中だった僕は家族と一緒に足止めをくらい、異国の地で日々刻々と変わる状況を把握しなければならなくなった次第。そんな中で頼りになったのは、同じように足止めをくらった旅行者が、ソーシャルメディア上でリアルタイムに共有していた情報です。彼らは火山噴火というまったく予想できなかった事態に直面しても、あっという間にアドホックなコミュニティをネット上に築き上げていたのでした。ちょうど『リアルタイム・マーケティング』の第9章で「大勢(クラウド)の力を借りて迅速に動く」というテーマが語られているのですが、僕がまさにスペインで経験したのは、大勢の一般旅行客が団結し、リアルタイムに動くという状況です。

その際に契約していた旅行保険会社から、「今回は特例で契約期間を自動延長する」と告げられた時の安堵といったらありません。もちろんそれだけで問題が解決するわけではないのですが、せめてもの救いというか、思いもよらない企業の迅速な行動に感動したものです。こんな時に官僚主義を排し、顧客目線でスピーディに動けるかどうかは、日ごろからの企業の体質に関係するものでしょう。

まさに本書の中心となるメッセージの1つがこの点であり、「大切なのはツールではなくその背後にある発想」という主張が何度か繰り返されています。もちろん本書は、様々なツール類や仕組みに関するアドバイスも掲載されており、「リアルタイム時代に向けて準備が整った」企業になるための参考書として使うことができます。しかしそうした戦術面に移る前に、まず変えなければならないのは、これから顧客にどう向き合ってゆくのかという根本的な姿勢でしょう。その点で本書は、発想を大きく切り替えるためのファーストステップとして重要な一冊になってくれると思います。

ところで本書の原著が出版されたのと時を同じくして、実は僕もこんな本を書いていたりします……

リアルタイムウェブ-「なう」の時代 (マイコミ新書) リアルタイムウェブ-「なう」の時代 (マイコミ新書)
小林 啓倫

毎日コミュニケーションズ 2010-12-25
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よろしければ『リアルタイム・マーケティング』のお供に『なうの時代』もいかがでしょうか(笑)。何気にFacebookページ上でプロローグ~第1章を立ち読みできたりしますので。いや、1年半の時を経て、いまこそ「リアルタイム」をバズワードに!と意気込んでいる次第ですよ!

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