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自衛手段としてのソーシャルメディア

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先日「ソーシャルメディアを通じてデマを流した者をテロ罪で起訴できる」という法律がメキシコ東部のベラクルス州で成立しました。日本でも報じられたのでご存知の方も多いと思いますが、「デマでテロ罪」という過剰とも思える反応(もちろん意図的なデマの流布は許されない行為ですが)の裏側には、市民にとってソーシャルメディアが自衛の大切な手段になっているという現状があるようです:

Mexico Turns to Social Media for Information and Survival (New York Times)

メキシコでは一部の犯罪組織が大きな力を持ち、その力で警察や報道機関を封じ込め、自らの犯罪に関する情報を流通させないという状況が見られるとのこと。そこで市民たちが最後の拠り所としているのが、TwitterやFacebookを始めとしたソーシャルメディア。「~の辺りで銃撃戦が行われてるから行かないように!」といった生々しい情報の交換が、市民たち自身の手で行われているそうです。

“Social media is filling the gap left by the press,” said Andrés Monroy-Hernández, a doctoral candidate from Mexico at the M.I.T. Media Lab. “In different regions of Mexico, both the state and the press are weak, while organized crime is becoming stronger and, in some places, replacing the state.”

Many Mexicans now say they trust Twitter more than local news outlets, and in some areas, parents and grandparents are being taught by their children how to get online — specifically so they can be safe.

「ソーシャルメディアはほんらい報道機関が担うべき役割を担うようになっています」とメキシコ出身でMITメディアラボに所属する博士課程の学生、Andrés Monroy-Hernándezは言う。「その他の地域でも、政府と報道機関の力は弱く、組織犯罪が力を増しています。一部では政府の座を奪う存在になってしまっているのです。」

今や多くのメキシコ人たちは、地元の報道機関よりもTwitterの方が信用できると言う。さらに一部の地域では、子供たちが親や祖父母らに安全を確保してもらうために、ネットの使い方を教えるということまで起きている。

実はメキシコでは、以前からWikinarcoBlogdelnarcoBorderland Beatといった市民の手による対組織犯罪サイトがあり、(本来は公的機関や報道機関が行うべき)犯罪関連情報の提供を行っていたとのこと。そこにソーシャルメディアの利用も加わるようになった、ということですね。例えば記事の中で@balaceramtyというTwitterアカウントが取り上げられているのですが、フォロワー数は4万人超で、「非常に有益な情報提供が行われている」と感謝する市民の声が紹介されています。

それでは冒頭で紹介した、「デマを流したらテロ罪」という法律について、市民はどう感じているのでしょうか。「デマが流れなくなるのだから、よりソーシャルメディアが対犯罪ツールとして使えるようになる」と思いきや、それほど単純な話ではないようです。少し長いですが再度引用を:

The Veracruz law is specifically aimed at false rumors that create unnecessary panic. But experts say that given how hazy real-time reports of violence can be, there could also be a danger of prosecuting well-intentioned watchdogs who share information that turns out to be wrong.

Diana (a k a @mariana_war), one of many Mexicans who is following developments in Veracruz via Twitter, said that more good than bad comes from open, unregulated sharing. Declining to give her full name out of fear, she said that while she probably lives with more fear now because she is “in the know” thanks to social media, its civic role should not be undervalued.

Referring to digital warnings about cartel checkpoints and shootouts, she said, “People’s lives are saved with Twitter.”

Not always. Two weeks ago, a man and a woman in their early 20s were found hanging from a bridge in the border city of Nuevo Laredo, with a sign near their mangled bodies that read: “This will happen to all the Internet snitches.” A third person was found dead on Saturday with a sign declaring she was killed for social media postings.

ベラクルス州の法律が対象としているのは、パニックを引き起こすようなデマだ。しかし犯罪に関するリアルタイムの報告が曖昧なものになりがちであることを考えると、たまたま間違った情報を流してしまった善意の監視人たちまで処罰されてしまう危険がある、と専門家は主張する。

ベラクルス州の状況を見守っている多くのメキシコ人の一人であるDiana(@mariana_war)は、オープンで規制のない情報共有は、短所よりも長所の方が大きいと言う。恐れからフルネームをあかすことを拒んだ彼女は、ソーシャルメディアを通じた情報提供によって事実を知った結果、以前よりも恐怖を抱くようになったものの、ソーシャルメディアが社会の中で果たす役割を過小評価してはならないと述べている。

さらに彼女は、犯罪カルテルが設置した検問所や、彼らによる銃撃戦の情報がデジタルで提供されていることに言及して、「Twitterによって人々の命が救われているのです」と主張する。

その主張が常に正しいとは限らない。2週間前、国境の町Nuevo Laredoで、20代前半の男女が橋につるされた状態で発見された(※日本語の関連記事)。彼らの遺体は酷く傷つけられており、さらにその近くには、「インターネットで密告する奴らは皆こうなる」という警告文が書かれていたのである。土曜日には3人目の遺体が発見され、ソーシャルメディアへの書き込みが原因で殺されたことを宣言する文章も見つかった。

「デマを流せばテロ罪」というルールが厳格に運用されれば、「本当であったら大変だからとにかく先に情報を流そう」と判断した善意の人々まで処罰され、結果的に市民による「自衛行為」が萎縮してしまう危険性があります。そしてそれは、犯罪組織にとっては願ってもない状況であり、ベラクルス州の法律は逆に犯罪者の側を利することになってしまう可能性もあるでしょう。特に行政組織も犯罪組織の影響下にあるのであれば、運用の段階で「ソーシャルメディア密告者」に対する見せしめ的な摘発が行われる……という事態も起こりかねません。

繰り返しになりますが、意図的なデマの流布は許されない行為です。また結果的にデマになってしまったという状況についても、個人的には可能な限り避けるべきであり、デマと判明した時点で訂正すべきであると考えています。しかし公的な規制の対象となった瞬間に、価値のある情報流通まで阻害されてしまうリスクは否定できません。そしてメキシコのケースのように、その「価値」が人命や安全といった、非常に重要な存在に直結する場合もあることを把握しておくべきでしょう。

思えば東日本大震災の発生から間もない4月6日、総務省から「東日本大震災に係るインターネット上の流言飛語への適切な対応に関する電気通信事業者関係団体に対する要請」が行われました。犯罪と災害、シチュエーションは違えど、「デマ」という行為に対して公的な対応を行うべきか?という問いかけを行うケースであることには違いありません。その意味で、自衛手段としてまで使えるようになったソーシャルメディアをどう規制すべきなのか、あるいは規制すべきではないのか、ごく身近な問題として考えなければならない状況が生まれているのではないでしょうか。

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