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情報洪水に襲われる捜査機関

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先日の記事で「英暴動に際して撮影された画像から顔認識技術を使って暴徒を特定する」という試みがあることに触れましたが、実はこのプロジェクト、あっさりと断念されていたそうです:

'London Riots Facial Recognition' Vigilantes Abandon Their Project (Forbes)

Google Group上に"London Riots Facial Recognition"(ロンドン暴動における顔認識技術の活用、とでも訳せましょうか)という名前でグループが開設されていたのですが、メンバーから記者にコンタクトがあり、プロジェクトは断念されたと伝えてきたとのこと。報道されてから批判メールも飛んでいたそうなので、表向きはプロジェクト閉鎖を装うのかな?という邪推もできますが、「FacebookやGoogleと違って、俺たちは素人の集団なんだよ!時間も金もねーよ!」と述べているそうです。賛同者を集めてプログラミングを始めてみたものの、あまりにも精度が低くて続けても無駄と判断したのだとか。

ただこのグループは諦めたものの、ロンドン警視庁では2012年オリンピック対策用に用意された顔認識技術を使い、実際に画像内からの人物特定を進めていると報じられています。さらにもう1つ、自動解析が重要になりそうな側面として、上記の記事でも引用されているこんな話をご紹介しましょう:

What the London Police Can Learn From Vancouver's Riot Investigation (The Atlantic)

同じくこのブログでも以前取り上げたことがありますが、今年6月にバンクーバーでも暴動があり、現場を撮影したかなりの画像・映像が残されることとなりました。ならさぞかし速く捜査が進んだろうと思いきや、あまりに大量の情報がもたらされたために、警察でその処理に忙殺されることになったそうです。

In June, Vancouver burst into violence precipitated by the Stanley Cup final. The riot rocked the beautiful city, leaving city leaders to piece together what happened. They appointed a task force, which called on citizens and businesses to submit their photos and video of the riot to the police. The 50-person team plans to release its initial findings at the end of the August, two and a half months after the night of rioting.

今年6月、バンクーバーはスタンレー杯決勝戦が引き起こした暴力に直面した。美しい街は暴動によってかき乱され、指導者たちは情報をつなぎ合わせて全貌を把握しなければならなくなったのである。新たに任命されたタスクフォースは、市民や企業に暴動を撮影した画像・映像を提供するように呼びかけた。50人からなるこのチームが最終報告書の提出を予定しているのは、8月の末――暴動が発生してから2ヶ月半も後である。

2ヶ月半先でも、分析が行えたのだから良いじゃないかと思われるかもしれません。しかし50人もの担当者が2ヶ月半かけないと結論が出ないというのはかなりの作業ですし、その間に逃げてしまったり証拠隠滅を図ったりする暴動参加者もいるでしょう。しかもバンクーバーで暴動が起きたのは一晩のみ。これが英国で起きた暴動のように、広範囲・長期間に発生するものだったら――いくら画像・映像が残されていたとしても、それを証拠として機能させるためには、気の遠くなるような時間とマンパワーが必要になるはずです。

Atlantic誌の記事は、こんな指摘をしてます:

Welcome to the future of law enforcement. The long-time problem of having too little information has transformed into its exact opposite, too much. Humans can produce more data than they can readily analyze. That's one reason why some are speculating that facial recognition technology will be deployed on a large-scale to solve this data problem.

警察の未来へようこそ。「僅かな情報しかない」という長きにわたる時代は終わり、その正反対、つまり情報があり過ぎるという時代へと突入した。人類は自らが分析できる以上のデータを生み出すことが可能になったのである。データ問題を解決するために、顔認識技術が広範囲で導入されるだろうという予測をしている人がいるのは、こうしたことが背景にある。

実は顔認識技術以外にも、映像の中から特定の行動パターンを抽出し、犯罪を犯している可能性のあるシーンだけを把握する技術というものも研究が進められています。こうした技術が組み合わされれば、たとえ大量のデータがあったとしても重要な部分だけを抽出し、あとは少数の人間が確認するというようなやり方が可能になるでしょう。

ただし映像分析技術はまだまだ発展途中で、どんな機関でも簡単に利用できるというものではありません。また米国の空港で導入されたボディ・スキャンの技術のように、新たな技術がプライバシー上の批判を招くという可能性もあります。その一方で撮影される画像・映像のデータ量だけは増加し続けるという事態が続けば、冒頭でリンクした記事のように、警察がウェブユーザーに協力を求めるという「ソーシャル捜査」が一時的な代替策としてますます注目されるようになる――などという可能性もあるのではないでしょうか。

いずれにしても、証拠が無くて困るのではなく、あり過ぎて困るという新しい時代が否応なく到来しています。それに対応するために顔認識のような自動解析が行われるべきなのか、それが利用できない場合に「ソーシャル捜査」のような手法に頼ることは許されるべきか、社会全体で幅広く議論される必要があるでしょう。

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