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暴動とキスとソーシャルメディア

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Vancouver riot-kissing couple

無数の暴徒と警官とで騒然とするバンクーバーの路上で、平然とキスをする一組のカップル。フリーカメラマンのRich Lam氏が撮影し、様々なメディアで取り上げられたこの写真から、たちまち2人の身元が判明。彼らはテレビ出演まで果たしてしまったのでした(暴動の原因とキスの理由を知りたい!という方はこちらの記事をどうぞ)。

たまたま事件・事故の現場に居合わせた誰かが、その様子をネット上で(テキストや画像・映像等を通じて)共有することで、様々な事実が明るみに出る――そんなことが起きるのは、もはや状況ではなくなりました。かつてネットは匿名性の楽園のように思われていましたが、今日は逆に、匿名性を消滅させるような場所になりつつあることを、ニューヨークタイムズの記事が改めて指摘しています:

Upending Anonymity, These Days the Web Unmasks Everyone (New York Times)

This erosion of anonymity is a product of pervasive social media services, cheap cellphone cameras, free photo and video Web hosts, and perhaps most important of all, a change in people’s views about what ought to be public and what ought to be private. Experts say that Web sites like Facebook, which require real identities and encourage the sharing of photographs and videos, have hastened this change.

“Humans want nothing more than to connect, and the companies that are connecting us electronically want to know who’s saying what, where,” said Susan Crawford, a professor at the Benjamin N. Cardozo School of Law. “As a result, we’re more known than ever before.”

このように匿名性がネット上から喪失しつつあるのは、ソーシャルメディアと携帯電話の安いカメラ、無料の画像・動画共有サービスが普及したことに加え、恐らく最も重要な要素として、「何がパブリックで、何がプライベートであるべきか」という考え方に変化が生じていることの組み合わせによるものだ。ユーザーに実在のアイデンティティを要求し、画像・動画の共有を促すFacebookのようなサービスは、この変化を加速させている。

「人間は何よりもつながりをもとめる生き物で、さらにそのようなつながりを電子的に可能にしている企業は、誰が何を言っているのか、どこで言っているのかを知りたがります」とBenjamin N. Cardozoロースクールで教授を務めるSusan Crawfordは言う。「その結果、私たちはかつてないほど多くのことを知られるようになっているのです。」

カメラ付き携帯電話など、現実の世界をデジタル化して即座にウェブ上にアップすることが可能なハードウェア。アップされた情報を保管・共有・拡散させることの可能なプラットフォーム。そしてそんな環境を使おうという人々の意志と、様々な事例の登場による「こんな使い方ができるのだ」という知識の共有……これら3つの要素が組み合わさったことで、言葉は悪いかもしれませんが、街中いたるところに監視カメラが設置されているかのような世界が現れたわけですね。そして実名・実在アカウントを推奨するFacebookは、それに信頼性というプラス要素を与えると同時に、彼ら自身が(恐らくビジネス上の理由から)そのような状況を望んで促進していると。

もはやそのような世界が到来することを嘆いたり、あるいは到来するのを一瞬でも遅らせようとしたりするのは意味のない行為なのかもしれません。それよりもこの状況をいかにコントロールするのかを考える方が現実的でしょう。

バンクーバーの暴動については、警察が事件に関する画像・映像の提供をソーシャルメディア上で呼びかけ、それに無数のネットユーザーが反応、彼らの協力で暴動参加者の実名が暴かれるという状況が出現しています(参考記事)。また上記のニューヨークタイムズの記事でも指摘されているように、身元を暴かれた暴動参加者に非難が殺到、彼の父親まで影響が及ぶという事態も。もちろん「元はと言えば暴動に加わった方が悪い」のは事実ですが、社会的制裁が犯した罪を上回るものになっていないか、事件が風化せずいつまでも記録に残るというネットの特性をどう勘定に入れるかなど、まだまだ明確になっていない要素が数多く残されています。にも関わらず、警察が捜査に利用するといった状況が先に到来してしまっているわけですね。

日本でもこの手の状況は、2ちゃんねるとミクシィなどの周辺で起きていましたが、どちらかというと「勇み足からSNS上で『ワルサ』自慢をした一般人を、匿名の2ちゃんねらーが追い詰める」という構図で、問題視されつつも真面目に議論されるという状況は少なかったように感じます。しかし今後は上記のように、監視カメラ型で誰かが追い詰められるという事態が数多く生まれてくることでしょう。有効活用すれば犯罪抑制などプラスの価値を生み出し得るこの状況を、いかにコントロールして、集団リンチ的な状況に発展すること回避して行くのか。関係者が真剣に議論するタイミングが来ていると思います。

【○年前の今日の記事】

「パブー」とソーシャルリーディング (2010年6月23日)
Twitter にいよいよ収益が――でもちょっと不安も (2009年6月23日)
指紋認証付き鞄、という発想 (2008年6月23日)

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