【書評】『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』
今年2月に書いたエントリの中で、『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか』という本を紹介していたのですが、きちんと読む時間が取れたので改めてご紹介しておきたいと思います。
3月11日に起きた東北関東大震災。そのもたらした被害が徐々に明らかになり、悲惨なニュースが続いていますが、中には希望を感じさせるような話もあります。その最たるものが、被災地であっても比較的秩序が保たれており、人々が礼儀正しく行動しているというものでしょう。海外メディアの中には、それを日本人や日本文化の特性であるとして、賞賛を込めて報じるところも少なくないようです。
ただ大災害や、テロなどの深刻な事件・事故に直面した地域で、人々が意外なほど理路整然と行動していたという話はこれまで皆無であったわけではありません。例えば最近でも、チリの落盤事故の話や、冒頭でリンクしたカイロ・タリハール広場での助け合い行為など、いくつか例を挙げることができます。実はこのような話は例外ではなく、人間の本質に基づいたものではないのか――それが本書の著者であるレベッカ・ソルニット氏の問いかけです。
地震、爆撃、大嵐などの直後には緊迫した状況の中で誰もが利他的になり、自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す。大惨事に直面すると、人間は利己的になり、パニックに陥り、退行現象が起きて野蛮になるという一般的なイメージがあるが、それは真実とは程遠い。二次大戦の爆撃から、洪水、竜巻、地震、大嵐にいたるまで、惨事が起きたときの世界中の人々の行動についての何十年もの綿密な社会学的調査の結果が、これを裏づけている。
ソルニット氏は以上のようにまとめた上で、米国のハリケーン・カトリーナや9.11、ロンドン大空襲やメキシコシティ大地震など様々なケースを分析し、このような「意外な」行動の裏にある要因を探って行きます。原書のタイトル(A Paradise Built in Hell)に「パラダイス」という言葉が使われていることにも現れているように、若干理想主義が強いように感じる一面もありましたが、イメージではなく「本当の現場では何が起きているのか」を教えてくれる貴重な一冊と言えるでしょう。
しかし、そのように利他的な行為が見られるという前向きな話であれば、なぜわざわざ詳細な分析をして本にまでまとめる必要があるのでしょうか。ソルニット氏は先ほど引用した文章に続いて、次のように述べています:
けれども、この事実が知られていないために、災害直後にはしばしば「他の人々は野蛮になるだろうから、自分はそれに対する防衛策を講じているにすぎない」と信じる人々による最悪の行動が見られるのだ。1906年の大地震により破壊されたサンフランシスコから、2005年の水浸しになったニューオリンズまで、相手は犯罪者で、自分は風前の灯だった秩序を守っただけだと信じる、またはそう主張する人々により、罪なき人々が殺されてきた。やはり、何を信じるかが重要だ。
こうした根拠のない思い込みの結果、被災地の人々自身が創り上げたコミュニティが遠く離れた中央政府によって破壊されたり、また現状に即した効率的なネットワークが否定されるといったマイナスの側面が現れることを本書は指摘します。真実以上に恐れを抱き、過剰な行動に走ることは、たとえ善意が出発点であったとしても結果として状況をより悪くしてしまう場合があるわけですね。
念のために述べておきますが、本書は決して「災害の後には皆が親切になるから、何の心配もいらない」という楽観論を流布するものではありません。イメージ通りの略奪行為が行われたことも取り上げられていますし、悲しいことですが、(日常生活においても犯罪行為が消えることはないように)被災地においても利己的な行動は見られるというのが結論です。ただ災害が起きた後で、イメージや思い込みではなく、本当に現れる状況というのはどのようなものなのか――それを理解することの重要性を訴え、同時に理解するための手助けをしてくれるのが本書と言えるでしょう。
もう1つ、本書を読んで救いを感じられる部分が、被災後に生まれたアドホックなコミュニティが、その後のよりよい社会システムや文化の基盤となる可能性があるという点です。今回の東北関東大震災は確かに大きな悲劇となってしまいましたが、その中から様々な助け合い行為が生まれていることは冒頭で指摘した通りです。それを一過性のものとするのではなく、復興へ、さらによりよい街づくり・社会づくりへとつなげて行くことができるのではないでしょうか。その意味からも、本書は是非いま多くの人々に読んで欲しい一冊だと思います。
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