「若者による犯罪が増えている」という感覚、マスコミが原因なの?
若者による犯罪が減少傾向にあります。過去10年間の上半期の刑法犯少年検挙人員および人口比(同年齢層人口1,000人当たりの検挙人員)をまとめた警察庁の資料によれば、検挙人員数は平成15年以降の8年連続で、同人口比は平成17年以降の6年連続で、それぞれ前年を下回っています:
■ 刑法犯少年の推移(上半期)
(こちらの資料から転載しました)
また通年の結果で見ても、刑法犯少年の数は平成16年~21年まで6年連続で減少(22年についてはまだ発表されていません)。だからと言って犯罪を犯す少年が何万人もいて良いわけではありませんが、少なくとも減少傾向にあることは統計データから明らかになっているわけですね。
一方で先日、こんな記事がネットで注目を集めていました:
■ 少年非行、減少の実感なし 内閣府の世論調査 (47NEWS)
少年の刑法犯が減り続け、周囲で子どもの非行をあまり見聞きしていないのに、少年非行が「増えている」と感じている人が75・6%に上ることが29日、内閣府の世論調査から分かった。非行の背景として、携帯電話やネットの普及で見知らぬ人が出会える環境があると回答した人は63・4%もいた。
内閣府によると、調査は昨年11~12月、全国の成人3千人を対象に面接形式で実施、1886人が答えた。身の回りで実際に少年非行が起きていないと答えた人は44・3%で、2005年1月の前回調査の34・9%から10ポイント近く増加。
05~09年に少年の刑法犯の摘発者数は3割近く減少したが、今回の調査で非行が「減っている」と答えた人は3%しかいなかった。担当者は、テレビ、新聞などの影響で非行が深刻化しているとの認識が社会にあるとみている。
実際には少年の刑法犯が減っているにも関わらず、少年非行が「増えている」と感じる人が多数派を占めているという結果に。記事中にある「担当者」というのが誰を指すのか不明ですが、マスメディアの報道姿勢が認識のズレの原因ではないかと指摘しているとあって、ネット上では「やっぱりマスゴミか」的な感想を述べている人が多く見られます。
個人的にも同じような感覚を抱いたのですが、どうにも情報が少なすぎます。アンケートで何かおかしいと感じる結果が出たら、まずは調査票を疑うのが先でしょう。ということで元データを探してみたのですが、残念なことに内閣府の公式サイト上ではまだ発表なし。それではと他の新聞社系サイトを検索してみたのですが、同じ調査結果の別の部分(特に「非行を防ぐ上で大きな役割を果たすのは」という箇所)ばかり報じられていて、上記のギャップについて触れていたのは僕が見た限りで47NEWSと日経新聞のみでした。きっと紙の方の新聞ではちゃんとこの点も報じている、と思いたいところですが……。
ただし内閣府のサイト上で、2005年に行われた同じ内容の調査結果(少年非行等に関する世論調査)を見つけることができました。こちらの資料を使って、簡単ですが考察してみましょう。
まずは調査票から。もし「非行が増えていると感じますか?」という聞き方であれば、刑法に触れるような重い犯罪が減っていたとしても、いたずらレベルの行いが増えていれば実感として「非行が増えている」という回答になるでしょう。これについて、2005年版の調査票では、
最近、少年非行が問題となっていますが、あなたの実感として、こうした少年による重大な事件が以前に比べて増えていると思いますか、減っていると思いますか。
という質問文になっています。「非行」ではなく「重大な事件」と表現していますね。今回の調査も同じ文言だったかどうかは分かりませんが、仮に同じだったとすると、どうやら調査票だけにギャップの原因を求めるのは難しそうです。
それでは過去の傾向はどうだったのでしょうか。2005年の資料に、2001年の結果も掲載されていますので、3回分だけですが経緯をまとめてみましょう:
これを見ると、報じられていなかった結果が明らかになります。確かに「増えている」と回答している人は多いのですが、前2回分と比べると大きく減少(17.5ポイント)していることが分かりますね。また「減っている」と回答した人の割合も若干ですが増えています。仮に「マスコミが偏った報道をしているから人々が『犯罪が増えている』という印象を抱いてしまうのだ」という理屈が正しいとすれば、2005年からその傾向が急速に弱まっている=マスコミが正しい報道をするようになりつつある、という結論にならなければいけませんが、そう考えるのも感覚的に無理がありそうです(と言い切るのも乱暴ですし、本当はきちんと調べてみると面白いテーマになりそうですが)。
ならば「少年刑法犯の数が減少傾向にあることを人々が実感しつつあるのだ」という解釈もできそうですが、それを言えば平成17年の時点でも3年連続で刑法犯少年検挙人員が減少しているのですし、今回急降下した説明としては若干弱そうです。
ここでもう1つのデータに注目してみましょう。2005年のデータでは、回答者の年齢層による内訳を見ることができるのですが、それをグラフ化したのが次の図です:
仮に「マスコミの偏向報道が偏見を生むのだ」としたら、旧来型のメディアに接触する時間の多い高齢者ほど「増えている」と回答する人の割合が増えるはずです。しかし「かなり増えている」「ある程度増えている」の合計で見た場合、20歳~69歳の間ではほとんど差はなく、逆に70歳以上の年齢層で「増えている」の割合が最も低いという結果に。また「ある程度増えている」だけを見た場合には、逆に若い年代ほど割合が大きくなっています。唯一「かなり増えている」だけが「高齢になるほど割合が増える」ように見えますが、これも49歳まではほとんど差がないこと、70歳以上は逆に低下していることを見ると、この調査結果だけでマスコミが原因だと言い切ることには無理があるでしょう。
唯一、仮説として言えそうなのは「子供と接する機会の有無が関係するのではないか」という点です。以下の図は、2005年のデータで「身の回りで実際にどのような少年非行が起きているか」という問いに対して「特にない」ないと回答した人の割合を、回答者の子供の年齢層で分けたもの。これを見ると、回答者に小学生から大学生等までの子供がいる場合には「特にない」と回答する割合が目立って少ない、すなわち「実際に何らかの問題が起きている」と認識する人が多くなる傾向にあることが分かります:
ということは、学校に通っている子供がいる家庭が多いうちは(マスコミの報道姿勢がどうであれ)「少年非行が存在する」という認識を持つ人が多いということになります。しかしご存知の通り、日本は急速な少子高齢化・核家族化の真っ最中。それが最初に説明したような「非行が増えていると感じる人の減少」という現象が現れる一因となっているのかもしれません。
いろいろと考えてきましたが、はっきりとした結論をここで出すことはできません。少なくとも今回のアンケート結果のオリジナルが公表されないと、より詳細な分析を行うことも難しいでしょう。しかし47NEWSの記事だけを見て、「やっぱりマスゴミが」と言い切ってしまうのも、「マスゴミ」と同じ落とし穴に落ちる結果になってしまうはずです。自分が確信を持って言えることをサポートしてくれる情報ほど、疑いの目を持って接してみること。ニュース過多の時代にはそうした態度が必要であり、またそれができる環境に私たちはいるのではないでしょうか。
【○年前の今日の記事】
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