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患者にクラウドソーシングしてもらう、という発想

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インターネットは時間と空間の制約を取り払う――言い古されたセリフですが、MITメディアラボが開設した"LAMsight"というサイトほど、それを具現化しているものはないでしょう。非常に稀な難病である LAM (肺リンパ脈管筋腫症)に対する治療法を確立するため、世界中の患者達に彼らの健康情報をアップしてもらい、データベース化して医療機関が活用できるようにしているサイトだそうです:

Research Trove: Patients’ Online Data (New York Times)

患者同士が集まるオンラインコミュニティは珍しくありませんが、LAMsight はそれを一歩進め、研究に使えるデータの収集を行おうとしているわけですね。稀にしか発生しない病気はデータを集めるのが困難かm非常にコストがかかるため、それだけ治療法を探すのも難しい――であればネットの力を使い、各地にちらばる患者たちをバーチャルに集約すれば良い。非常に正しく、適切な使い方だと思います(もちろんプライバシーなど付随する問題はありますが)。

この LAMsight 設立を推進したのが、自身も LAM 患者である Amy Farber 博士。ロースクールに通っていた頃に発症して学校を辞め、LAM Treatment Alliance という組織を設立して LAM 研究を後押しされているそうです。彼女はこうコメントしています:

Since the Internet’s earliest days, patients have used the Web to share experiences and learn about diseases and treatments. But now advocates like Dr. Farber say that online communities have the potential to transform medical research — especially into rare diseases like hers that lack the number of patients needed for large-scale studies and rarely attract research financing from the drug industry. Also, she said, it empowers patients to contribute, ask questions and help lead the way to discoveries.

“Patients have been a tremendously underutilized resource,” she said.

インターネットの初期の頃から、患者達はウェブを通じてお互いの経験を共有し、病気と治療法について学んできた。そしていま、Farber 博士のような推進派たちは、オンラインコミュニティは医療研究のあり方を変えうると主張している。特に彼女の病気のように、稀にしか発生せず、大規模調査に必要な患者数が不足していて、製薬会社からの資金援助を得にくい病気の場合には。さらに彼女によれば、(LAMsight のようなサイトにより)患者達が貢献を行い、質問を投げかけ、研究を進める手助けをすることが可能になる。

「患者というのは、ほとんど活用されていないリソースなのです」と彼女は言う。

記事の後半では、こうした手法がプライバシーの問題やデータの質の問題(患者自身が記録するデータにどこまで信憑性を求められるか)を抱えていることが指摘されていますが、これはジャーナリズムの変化と構造が似ているかもしれません。これまでも「事実」は世界にあふれていたわけですが、それを学者や記者が切り取って「データ」や「記事」にし、信憑性を付与した上で世界に配布していたわけですね。しかしより安価で、より迅速な「データ」や「記事」を生み出す方法として、現場の当事者自身が「事実」を切り取る作業から配布するまでを担うようになった――しかしまだ「フィルタリングの問題」をクリアできていないため、プライバシーや信憑性に関する課題が残っている、と。

しかし Farber 博士が指摘している通り、患者数が少なく製薬会社にとって「うまみ」のない病気は、従来型のリサーチ方法では十分な対応ができないでしょう。個人的には何らかのフィルタリングがこれから確立されると思いますが、仮にそれがずっと先のことであったとしても、こうしたクラウドソーシング型のデータ収集は否定されるべきではないと思います。ソーシャルメディアが従来型のプロによるジャーナリズムを一掃するものではなく、むしろお互いを補完し合うものであるように、恐らく医療分野におけるクラウドソーシングも、医師らによって行われる調査と協調するものになっていくのではないでしょうか。

ちなみにこの LAMsight ですが、宣伝活動を行っていないにもかかわらず、5つの大陸から100名以上の患者達が集まっているとのこと。LAM の治療法確立に少しでも力になってくれることを願います。

【○年前の今日の記事】

ダイエットには、徳用サイズを (2008年8月25日)

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