「便所の落書き」でも議論はできる、という話
週末なので軽いネタで。ドイツの大学院生が、女子トイレの落書き700件を分析するという修士論文を書いたそうです:
■ ドイツ:女子トイレ落書き700件 院生が分析 (毎日.jp)
昨日の記事でブクマも集めていましたので、ご存知の方も多いと思いますが、ボン大学のカトリン・フィッシャー(Katrin Fischer)さんというのが論文を書かれた方。1年かけて大学内約40ヵ所のトイレを回り、落書きを撮影・分析されたそうです。
個人的に取り上げたいのは次の部分。通常「便所の落書き」というと、くだらないものを指し示す言葉ですが、時には
真剣な議論が成立するケースもあり、「菜食は本当に体にいいのか」については、複数の人が壁いっぱいに計約60回ものやり取りを続けた。
とのこと。また同じニュースを報じている Canada.com の記事によると、
In addition, stall walls are used by women to seek guidance, whether for a lifestyle change - a question about vegetarianism drew 60 responses - or for something more sombre, such as the woman who wrote: ``My boyfriend is hurting me. What should I do?''
Replies to the latter inquiry ranged from ``Hit him back'' to ``Don't provoke him then.''
さらに女性たちは、トイレの仕切り壁をアドバイスを求める場所として使っていた。生活スタイルに関する質問(例えば菜食主義に関する質問は、60個の回答を集めた)や、もっと暗い質問などもあった。例えばある女性は、「彼が私を傷つけるの。どうしたらいい?」と書いた。
この質問に対しては、「やり返せ」や「彼を怒らせないように」などといった回答があった。
と、意外にも意見のやり取りが行われていたことが解説されています。
匿名で発言ができる場所、または「つぶやき」のような個人的発言が想定されている場所では真剣な議論などできないという意見があります。しかしある意味で究極の匿名空間であり、究極の非言論空間であるトイレでこのような交流が行われていたということは、結局のところ議論の有無はプラットフォームに依存しないことを示しているのではないでしょうか。あるいは、どんな場所にでも真剣な議論は存在しうるのだと言えるかもしれません。そこから価値のある情報が取れるかどうかはフィルターの問題であり、「あんなところに耳を傾ける必要はない」という態度だけは取ってはならないのだと思います。
またフィッシャーさんによれば、
論文によると、落書きは「思い込みで自己主張する派」と「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」に大別される。フィッシャーさんは、「結局、人間はこの2種類かもしれない」と話している。
とも述べているそうですが、これは他の言論空間でもよく見られる態度ですよね(残念ながら……)。
ちなみに「便所の落書き」をちゃんと研究しようという方々は他にもいるようで、こんなサイトも存在しています:
"latrinalia"とは、フォークロア研究家の Alan Dundes さんが造った「便所の落書き」を示す言葉。中には真剣なアート作品として創られたものもあり、なかなか奥が深い世界のようです。お食事の時間を避けてお楽しみ下さいませ。
【○年前の今日の記事】
■ レンタル国会議員 (2007年8月16日)
■ SellaBand -- 利益共有型ファンサイト (2006年8月16日)