理念浸透施策
仕事柄、様々な企業から"理念やビジョンが社内外に浸透していない"という相談を受けることが多くあります。また、理念を浸透させるご支援をさせていただきます。
今回は、経営理念の浸透施策について話を進めてまいります。
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ある上場企業のX社の例です。
X社には立派な経営理念やビジョン、行動指針が明文化されたものがあります。3ヵ年の中期経営計画や年度計画もしっかりあります。そして、経営理念を浸透させる為に、様々な取り組みをしています。
例えば、
・社長自らが考え書き記したものを毎月冊子にして社員や家族に配布しています。
・毎月、社長塾を開き、社長の講話と質疑応答をしています。
・経営理念の書かれた小さな手帳を制作し、全社員が携帯しています。
・各地に拠点があるので、社長はあちこちめぐって対話の時間を持っています。
・経営理念を大事にしていることで有名な会社の社長さんをお招きして講演もやりました。
・幹部候補を対象とする研修では、経営理念に関するテストを実施しています。
・全社員の人事評価表には経営理念に書かれていることがどれくらい実践できたのかを半年毎に評価しています。
考え得るありとあらゆる理念浸透施策を講じました。
しかし、X社の社長の口癖は「経営理念がなかなか浸透しないんや」でした。
これだけいろいろな取り組みをしても浸透していませんでした。
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実際に、現場では次のようなことが起きていました。
ある日、私が営業課長にヒアリングした際に、経営理念について聞いてみた時のことです。
次のような答えが返ってきました。
「経営理念なんか全然みてませんし、気にしてもいません。」
とのことでした。理由を聞いてみると、
「だって、結局はすべて数値なんですから。うちの会社は数値さえあげていれば、理念なんか意識してなくてもいいんです。」
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よくよく話を聞いてみると、以前次のようなことがあったそうです。
営業マンAさんは経営理念をとても大切に考えており、経営理念が書いてある紙を自分の手帳に入れて、折に触れて読み返し、理念に書かれてある通りに日々意識して行動しているのだそうです。営業成績は、達成したり、少し目標を下回ったりという感じだったそうです。
一方、営業マンBさんは、経営理念など眼中にありません。営業活動にはあまり必要ないと考えています。実際、理念通りに動こうなどとは思ってもいないそうです。営業成績は、いつも目標を大きく上回り、月の途中で達成してしまうので、達成すると一切仕事しないで喫茶店などでさぼっているそうです。
X社では、Bさんが良い評価をもらえます。だから、理念など関係ないと考える社員が多くいます。結果的に、"数値さえあげていれば何をやってもいい"という風土になっています。なので、理念が浸透しません。
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では、対策として、Aさんを高く評価し、Bさんを低く評価すればいいのでしょうか。
理屈としては、その評価は"うちの会社は理念通りに動いた人を重視します"というメッセージにはなりますが、Bさんはやる気をなくし業績の低下に繋がりかねません。
また、いい評価をとるために理念を守るといったおかしな風土が出来かねません。
その他にも、社長の直属の部下である役員陣も、理念を大切して行動しているようには思えませんでした。ある役員が私にこう言いました。
「うちの社長は結局これですから。」
と言いながら、右手の親指の先と人差し指の先をつけて丸印をつくり、左胸のあたりにもってくる仕草をしました。
意訳すると
"うちの社長は口では"理念理念"と言っているけど、結局はお金が一番大事なのさ"
役員でさえこの有様でした。だからその下の事業部長も部長も課長も理念通り動くはずがありません。
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様々な施策を打っているのになぜ浸透しないのか、私自身もX社の社長同様、悩みました。
しかし、ある時、理念が浸透しない真の原因が分かる瞬間がありました。それは、X社の経営会議にオブザーブさせて頂いた時のことでした。
X社の重要な案件が次々と議題に挙がり、検討が進められ、決裁されていきます。私はオブザーバーとしてその様子を観察していました。終日、休憩もなく会議が行われました。オブザーブさせていただくと次第に、"ああ、これだ"と妙に納得する自分がいました。経営理念が浸透しない理由が分かったのです。
経営会議では重要案件が決済されていくのですが、その意思決定の基準が全て「利益」に基づくものだったのです。このように書くと何を当たり前のことを言っているのかと感じる方がほとんどかと思います。
企業を存続させるために、その意思決定が間違っているということは出来ません。利益は次への成長への投資に欠くことができないものです。問題はその意思決定が社員にどのように映るかです。
"我が社は利益が一番、次が理念"と言うメッセージに結果的になっています。
経営の意思決定基準が、理念の浸透を阻害していたのです。阻害要因の大元は経営理念が大事だと発信している社長自身だったのです。
なので、そのことに気づかずに、どんなに一生懸命、理念を浸透させるために、言語化し冊子を作ろうが、塾をやろうが、外部講演をやろうが、テストをやろうが、人事評価をやろうが、理念は浸透しないでしょう。
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ではどのようにして理念を浸透させる必要があるのでしょうか。まずは次の認識が必要と思います。
「理念が浸透しないのは自分が日頃から理念通りの意思決定や言動行動をしていないから」
ということだと考えます。
これに因んだ、あるスーパーの社長の事例です。この社長は、父親から会社を受け継ぎましたが、その時は借金がかなり膨らんでいました。売上と同じ金額くらいの借金で、彼は、なんとか立て直そうと必死で孤軍奮闘しました。
「店長。ちょっとこい。これどうなってんだあっ。こんなんじゃ売上あがらんだろうが。」
とほぼ毎日のように怒鳴っていたそうです。職場はギスギスし、社員も辞めていったそうです。
けれどもあることをきっかけになかなか自主的に動いてくれなかったパートさんたちが
「社長。私たち新しい売り場考えました。ぜひ見にきてください」
と言ってくるようになったそうです。
そして、実際に売り場を見に行くと、
「売り場が凄すぎて、私、感動して涙が出て来るんですよ」
と語っていました。
そのように変わったきっかけは何か紹介したいと思います。社長の言葉を引用します。
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【三本の指】
当時はもう会社が潰れるぞという噂(うわさ)が広まっていたものですから、家に借金取りがくるんですよ。
夜中にドアを叩いて、「社長を出せ」なんてこともありました。
父親は会社の寮に避難させていましたので私が対応したのですが、長男として震える母や妹を守るのだと男気というか責任感に燃えていました。
ですからほとんど寝ずに何日間も仕事をしていてもそんな精神状態ですから、目が冴(さ)えて眠れないんですよ。
それで体はきついんですけど、夜中にまた会社に行って仕事をする。
とにかく一円でも売り上げを上げたい、上げたいということしか頭にありませんでした。
入社三年目の時に、地元の経営者の集まりに参加した時のことです。
「経営者とは」という議題で、経営者にとって一番大切なものは何かと聞かれたので、私は「危機感です」と答えたんです。
そして会社が潰れるという噂が流れると銀行はお金を貸してくれない、取引先は商品を卸してくれない、従業員も逃げていくから、いざとなれば誰も助けてくれませんよね、という調子で私は文句ばっかり言い始めたんです。
「頼れるのは自分だけですよね、経営者は」ときっと偉そうな感じで言っていたんだと思います。
そうしたら先輩経営者が「山本君(仮名)、君はよう頑張ったな」と労(ねぎら)いの言葉とともに「よう頑張ったけどな、君は相手が悪い時どういうふうに指を指す」と聞いてきました。
実際に指を指して見せると、「山本君よく見てごらん。人差し指は相手に向いているけど、三本の指は自分を指していないか」と。
「相手に非があった時、確かに相手も悪いかもしれないけど、自分自身も悪いところが三つあるから考えてごらん、と神様が言っているよ」とおっしゃったんです。
そしてその方がじっと私を見据えて
「そんな潰れそうな会社でも商品を卸してくれる人や働いてくださる人、そういういい人たちが君の目の前にはたくさんいるのに、目の前の悪いものばかりしかみてないだろう貴様は!」
と、最後はもう怒鳴り声でした。
その日はですね、もう一日中涙が止まりませんでした。これ何の涙かっていうと、嬉し涙だったんですよ。当時の私はとにかく一人で頑張っているつもりでした。俺は長男だから頑張るんだ、寝ずに頑張るんだって。でも本当は助けてくれる人が目の前にたくさんいたんですよ。夜中におにぎりをつくって持ってきてくださるパートさんや応援してくれる人がたくさんいた。でも、当時の私には悪いものばっかりしか見えていなかったんです。ですから「自分はもう一人ではない」という喜びで、一日中涙が止まりませんでした。
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引用は以上です。
この社長はそれから売上No1ではなく、社員が働きたくなる会社No1を目指そうと決心したそうです。
今では業績は当時の10倍、社員がイキイキ働いている会社として、日本全国から店舗に見学に来るほどまでになっています。
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理念通りに意思決定をしているか、理念通りの言動行動をしているか、そこを社員は無意識に感じ取っています。理念通りに意思決定しているかどうかは社員の表情を見れば一発で分かります。理念通りに意思決定がなされている会社の社員の表情は晴れ晴れとしています。
ここで私は、理念通りに意思決定をしない社長を批判したいのではありません。
もし、理念が浸透していないと感じることがあれば、他の人が理念通りに動いていないのを嘆くのではなく、まず自分が理念通りの言動行動が出来ているのかを社長だけではなく役員も管理職も社員も、自分に問うことが重要と考えます。
「他の人がどうかではなく、自分がどうなのか」
理念を浸透させる第一歩はそこから始まると考えています。
組織開発コンサルティング事業部
永島 正志