キャンディーズ情報局とインターネット~プロモーション活動の今昔~
4月4日は「キャンディーズ記念日」だそうだ。解散コンサートが1978年4月4日に解散コンサートがあったからという。少し過ぎてしまったが、2011年4月に「Computer World」にキャンディーズに関連した文章を書いたので、加筆・修正をして掲載する。アイドルに限らず、個人をプロモーションする参考になるはずだ。
なお、元記事を掲載したのは、ちょうど、キャンディーズの元メンバーで女優の田中好子が亡くなった時期である。改めてご冥福をお祈りいたします。
キャンディーズ情報局
「キャンディーズ」は、1970年代に活躍した3人組アイドルユニットである。代表曲に「年下の男の子」「春一番」などがある。ラストシングルの「微笑み返し」もかなり売れた。
雰囲気としては「Perfume」に少し似ている(楽曲はそれほど似ていない)。何でもPerfumeの所属事務所「アミューズ」を設立したのはキャンディーズの元マネージャーなんだそうだ。
そのキャンディーズが、1976年に開いた全国コンサートツアーが「キャンディーズ『サマージャック’76』」である。アイドルにはファンによる追っかけがつきものだ。良質のファンは場を盛り上げてくれるので、事務所としてもありがたい。そこで、ファンに向けてコンサート情報を定期的に提供することが考えられた。
ただし、テレビ番組枠はあまりにも高価だ。キャンディーズが出演するラジオ番組「Go Goキャンディーズ」(文化放送)はあったものの、週1回の放送しかない。しかも、中波ラジオは基本的にローカル局であり、テレビのような全国同時配信は難しい。
地方局へのネットは放送日がまちまちで「明日の情報」のようなリアルタイム性が確保できない。「オールナイトニッポン」など、深夜放送には同一時間でネットしている番組もあったが、当時はネット局の数も多くなく、日本全国どこでも聞ける状態ではなかった。たとえば、私の記憶では1976年当時、関西で東京の深夜番組をそのまま流しているところはなかったと思う(電離層の関係で、深夜は全国のラジオが聞けたのだが、正式なサービスエリアではない)。
そこで目を付けたのが日本短波放送(通称NSB、後に「ラジオたんぱ」を経て、現在は「ラジオNIKKEI」)である。NSBが使用している周波数は、旧社名の通り短波帯での放送でありサービスエリアは日本全域である。海外の聴取者も多かったくらいだ。
当時、NSBでは月水金土曜の週4日、夜10:50から11:00までの枠で「ミュージックアルバム」という番組が放送されていた。その一部を買い取る形で「キャンディーズ情報局」がスタートした。初回放送時、アナウンサーの大橋照子が「今日は珍しくスポンサーが付きます」と言い、三洋電機のCMを流したことを覚えている(このCMは本来TV用で、キャンディーズが出演していた)。
今思えば、民放でスポンサーが付いていないのは不思議だが、ある種の穴埋め番組だったのだろう。大橋照子によると、ディレクターも付かず、録音テープの編集も自分でやっていたそうだ。私は1980年頃にNSBへ遊びに行ったとき、別の人が担当する似たような(スポンサーの付かない)番組の録音に立ち会ったことがあるが、本当に1人で全部の作業をしていた。
「キャンディーズ情報局」は一定の成果を上げたようだ。副次的な効果として担当アナウンサーの大橋照子の人気が上昇し、1977年には夕方5時からの生放送「ギャングパーク」につながったようだ。事実、大橋照子ファンの多くはキャンディーズファンでもあった。 特別ファンでもない私が、キャンディーズのことをよく知っているのはそのせいである。
▲「キャンディーズ情報局」を記念して作られた葉書(いわゆる「ベリカード」)
後列真ん中が大橋照子アナウンサー、現在もフリーで活躍中である。
「キャンディーズ情報局」の成功の理由には、主として3つの要因がある。
第1にインフラ。今では想像しにくいかもしれないが、短波放送というメディアは決してマイナーではなかった。当時は海外短波放送を受信する「BCL(Broadcast Listening)」ブームの余韻を残しており、高校生から大学生の短波ラジオ所有率はかなり高かった。
第2に短時間であっても毎週4日放送したこと。コンサート情報に加え、移動経路や乗り換え列車、楽屋での話まで伝えられていた。今だとストーカー問題に発展したかもしれない。後述する通り、キャンディーズ本人が登場することは少なかったが、ファンの満足感は高かった。
そして、第3に、たまにではあるがキャンディーズ自身が登場したことだ。登場しない回の方が圧倒的に多かったのは、当時の機材の制限だろうか。放送用素材の録音には、通称「デンスケ」と呼ばれるポータブル式のオープンリール式テープレコーダを使う必要があったが、決して一般的なものではなかった。デジタル式の録音装置は存在せず、カセットテープでは十分な音質が得られなかったからだ(放送局によってはカセットデンスケを使っている場合もあった)。なお「デンスケ」はソニーの商標だが一般名詞化ししていた。
本人が登場しないというハンディを克服したのが、パーソナリティ大橋照子の魅力である。映像もないし、曲もせいぜい1曲だが、継続して聞こうと思うだけの魅力があり、単なる情報提供以上の効果があった。
現在のプロモーション活動
現在、同じようなプロモーション活動をするにはどうすれば良いだろう。先に挙げた3つの条件を考えてみる。
インフラとしてはインターネットが使える。「サマージャック’76」当時、インターネットは存在しなかったが(何しろDNSの規格制定が1983年である)、現在のインターネット人口は当時の短波ラジオ所有者を超えているはずだ。その証拠にインターネットの広告市場は、ラジオCM市場よりも大きくなった(電通の調査では、2004年にインターネット広告費がラジオ広告費を上回っている)。
ブログとTwitterを併用することで、情報伝達の頻度を上げることは難しくない。1日1回のブログ更新、移動前後のTwitterの書き込みくらいが妥当だろう。現在のアイドルにとって、ブログとTwitterは安価で強力な情報提供手段である。移動中の話や楽屋話などは定番の話題だ。
ブログやTwitterは(少なくとも建前としては)本人が書き込むのが基本だし、携帯電話での読み書きもできるから、昔よりは圧倒的に有利になった。もっとも、それで本当に面白いかどうかは議論の余地がある。
何人かのアイドルのブログを見ると、面白いものもあるし、そうでないものもある。もともとのファンはそれでもいいだろう。だが、映像も音楽もなしに新たなファンを獲得するのは難しい。キャンディーズは芸達者なアイドルだったから、文章を書かせてもうまいかもしれない。でも、誰にでもできることではない。やはりアイドルなら映像や音楽を流した方が効果的だ。
Facebookはどうだろう。2011年の時点で、私はこう書いていた。
Facebookの注目度が急速に上がっている。分かりにくいインターフェースに加え、そもそも何をしていいのか分からないし、何が面白いのかも分からない、そう酷評されながらも徐々に広まってきた。Facebookでは、文字情報に加え、写真や動画の公開が簡単にできる。ブログは、写真公開は簡単だが、動画の公開はYouTubeなど外部のサービスの助けを借りないと難しい。しかしFacebookなら連係は不要だ。多くのSNSが会員IDを持たないとコンテンツを参照できないのに対して、Facebookでは多くの情報が一般に公開されている。プロモーションに使うには便利な要素がそろっている。
ところが現在、Facebook人口は大きく増えたにも関わらず、タレントがFacebookを効果的に使えているケースは少ない。Facebookのアカウントは、利用規約上は実名でなければならない。プロモーション側は「Facebookページ」を作ることで個人名ではなく組織で運営できるが、ファンは実名を強いられる。アイドルファンは、公開用のアカウントとは別に応援専用の匿名Twitterアカウントを、持っていることが多い。当時のアイドルファンは大学生が中心だったが、今は30代以上が主流で、職場に内緒でファン活動をしている人が多いからかもしれない。しかし複数アカウントの利用も偽名での登録も、Facebookでは規約違反となる。
また、Twitterにはハッシュタグによる分類や、キーワードを指定した検索機能があり、情報のフィルタリングが容易だが、Facebookでは極めて困難である。運営側が公式情報を提示するくらいはできても、ファンが交流するような場所にするのは難しい。私が知らないだけかもしれないので、もしFacebookを積極的に使っている例があれば教えて欲しい。
これからのプロモーション活動: TwitterかFacebookか?
1976年、楽屋話を毎日提供するという試みは、今では誰でもできるようになった。無料ブログサービスを使えば、コストはゼロである。あとは、発信者のキャラクターをどう設定するか、である。意外な一面を見せた方が注目度は上がる。仕事のブログなのに、個人的なことを書くのは(意識していない人も多いだろうが)そのためである。文章を書くのが苦手な場合は写真や動画を利用できる。ファンは動画の方を望むかもしれない。
2011年当時の私の結論は「写真や動画を扱えるFacebookが伸びる」というものだったが、現実には全くそうなっていない。
多くのTwitterクライアントは、URLでリンクされた先の写真や動画をその場で再生する機能を持つようになったため、見る側は複数のサービスを使っている意識を持つ必要がない。特に、写真はTwitter自身が運営するサービスと統合されたため、公開する側の負担もない。動画は今でも別サービスを使う必要があるものの、短時間の動画公開専用のサービスが登場し、Facebookを使う必然性は少ない。
TwitterがFacebookに負けていないのは、機能が単純で、他のサービスとの連携が容易だからだ。英語には「KISS」という標語がある。「Keep it simple, stupid!」の略とされる。「簡単にしておけ、馬鹿者」くらいの意味だろうか。最近は「stupid」をもう少し上品な言葉に置き換えて説明することもあるようだが「Keep it simple」の原則は変わらない。
オールインワンで何でも自前で組み込むより、シンプルで連携しやすいツールの方が良いということだろう。
今週のおまけ
ラジオNIKKEIに「ミュージックライフ・サンデー」という番組がある。毎年、4月初旬にはキャンディーズ特集をしているそうである。今年は4月3日がキャンディーズ特集だった。解散して40年近く経つのに、いまだに特集を組んでいるのだから、キャンディーズがどれだけ愛されていたか分かるだろう。「キャンディーズ情報局」とは別に関係ないと思うが、NSBからの縁を感じた次第である。