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IT技術者教育に携わって25年が経ちました。その間、変わったことも、変わらなかったこともあります。ここでは、IT業界の現状や昔話やこれから起きそうなこと、エンジニアの仕事や生活について、なるべく「私」の視点で紹介していきます。

強い管理と弱い管理: 文化の伝搬

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インターネットの利用が一般化し、日常生活の中にコンピュータが入り込んできた。ところが、家庭で使うコンピュータと、職場で使うコンピュータは、どうも設定が違うようだ。家でできることが職場では出来ない、そんな不満を持つ人が増えてきた。

職場のコンピュータは、家庭のコンピュータに比べて攻撃される可能性が高いため、よりセキュリティを強化する必要があるためだが、そういう説明がきちんとされているだろうか。

今回は、システム管理の考え方について考える。

●管理方針の文化

クライアント管理を行なう上で「強い管理」と「弱い管理」のどちらを採用するかは重大な問題である。

「強い管理」は、システム管理者が決めた範囲のみを許可し、利用者に自由を認めない管理手法である。利用者は不自由に感じるかも知れないが、できることが少ないのはトラブルも少ないことを意味する。

「強い管理」では、Webメールなどの利用を禁止することが多い。情報漏洩を防ぐためだ。ただし、最近ではブログやSNSなどの「ソールシャルメディア」の重要性が高まり、一律に禁止するのは難しくなってきた。「情報は、情報を提供する人に集まる」「知っている情報を提供しない人は、知らない情報を入手できない」という原則があるため、SNSへの書き込みを制限することが企業の利益にならない場合があるからだ。

「弱い管理」は、利用者の自由度を最大限に生かす管理手法である。ただし、これは一見便利そうだが、本当に良いとは限らない。利用者の自由が高いことはトラブルが多いことも意味する。「弱い管理」を採用するには、利用者にそれなりの覚悟をしてもらう必要がある。

「弱い管理」と「強い管理」は、一種の文化であり、どちらが良いとは言えない。一般に大企業は「強い管理」を採用する傾向にあるが、マイクロソフトは伝統的に社内では「弱い管理」を採用している(そして、強固なセキュリティを確保しているのは「書評「なぜマイクロソフトはサイバー攻撃に強いのか?」」で紹介したとおりである)。

PCによって育った会社には「弱い管理」が似合う。しかし、もちろんマイクロソフト製品を使って「強い管理」を行うこともできる。

Windowsを使った「強い管理」で中心的な役割を果たすのが「Active Directoryドメインサービス」と「グループポリシー」である。グループポリシーについては、拙著「グループポリシー逆引きリファレンス厳選92」を参照していただければ幸いである。

●文化の担い手「ミーム」

文化は、特定の集団内で受け継がれるが、時々変化する。遺伝子(ジーン)の伝搬や変異になぞらえて、「ミーム」と呼ぶ。

「強い管理」と「弱い管理」は、ある種のミームと呼べるが、そのミームはどのようにして広まるのだろう。

評論家の岡田斗司夫は、特定のミーム、つまり文化を伝搬させるための要素として「4種類の欲求タイプ」を主張している。人間の基本的欲求は4種類あり、1人の人間はそのうち1種類の主欲求と、最大2種類の補助欲求要素を持っている(つまり全部で1~3種類となり、4つ全部を持つ人はいない)という仮説だ。

真偽はともかく、なかなか面白いし、実際に役に立ちそうなので紹介しよう。

  • 注目型...注目されることにこだわり、みんなが楽しく過ごすことを願う。
  • 司令型...客観的評価にこだわり、誰もが納得できる社会的成功を願う。
  • 法則型...理解できるかどうかにこだわり、予想と結果が一致することに喜びを感じる。
  • 理想型...自分のあるべき姿にこだわり、思った通りにできたことに喜びを感じる。

●4タイプそろった文化は伝搬しやすい

システム管理の話に戻る。「強い管理」を採用している場合は、利用者から「あれができない、これができない」という不満が出やすい。逆に「弱い管理」を採用している場合は、「こんなトラブルがあった、こんな不具合が出た」という事態になりやすい。

利用者に納得してもらうには、その管理方針が会社の「文化」として定着させる必要がある。たとえばこういう具合だ(あくまでも1つの例である)。

まず、理想型が「弱い管理とはこうあるべき」と提唱し、法則型は、弱い管理の結果として起きることを予測し(起きたことを観測し)、必要であれば予防策(対応策)を考える。また、注目型が「弱い管理でどれだけ気持ちよく仕事ができるか」を考える一方で、司令型が「弱い管理は、強い管理に比べてどれだけ効率が良いか」を分析する。

これは「弱い管理」と「強い管理」を入れ替えても成り立つことに注意してほしい。文化そのものに優劣はない。しかし、文化が普及する上で4つのタイプがそろっていることは有利に働く。

岡田斗司夫の仮説では、人間は4つのタイプのうち1つから3つを持つが、4つすべてを持つ人はいないという。チームで仕事をする場合、こうした点を考慮して、4つのすべてがそろうようにすると効率が良いらしい。また、提案するときも4つのタイプ全員が納得できる理由を示すと効果的だという。

詳しくは『人生の法則 「欲求の4タイプ」で分かるあなたと他人』を読んで欲しい。この本はビジネス書に分類されるが、小説仕立てのエピソードが挿入されており、なかなか面白い。Kindle版もある。

●嫌われないシステム管理者を目指す

以前、情報処理学会の学会誌に「システム管理者は常に利用者に嫌われる」というコラムがあった。つい笑ってしまったが、ある程度は事実だろう。

しかし、4タイプ全員が納得できるような理由を示せば、ある程度「嫌われ度」が緩和されるかも知れない。逆に、特定のタイプが納得できない場合は、その文化は組織に完全に定着することはできないだろう。

たとえば、どれだけ気持ちよく仕事ができても、生産性が上がらなければ司令型は納得しないし、トラブルが減っても、気持ちよく仕事ができなければ注目型が納得しない。矛盾したルールは法則型が納得しないだろうし、自分の意見と違う管理方針は理想型が納得しないかもしれない。

チームで考えることが重要なのは、自分にはない欲求を発見し、満たすことで、より広範囲に「ミーム」を残すことができるからだ。システム管理の方針を立てるときは、自分と違うタイプの人をチームに加えよう。タイプが違うと理解できない部分もあるだろうが、議論を繰り返すことで視野が開けるはずだ。

●今週のおまけ写真

梅
やっと暖かくなり、梅が終わり、桜のシーズンが目前だ。

お花見をする場合、理想型は自分が良いと思う場所が絶対だが、司令型は世間の評価を重視する。法則型は、花見の名所となった理由を考え、注目型は楽しく花見ができればなんでもよい。

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