レモンの市場
レモンの市場というタイトルですが、
「れもんのいちば」の話ではありません。
経済学で有名な「れもんのしじょう」についての話です。
ある中古車の市場について考えます。
中古車を売りたい人=売り手と
中古車を買いたい人=買い手がいます。
ここで売り手は自分がどのように中古車を乗ってきたか、
事故をしたか、故障はあったか、などを熟知しています。
一方、買い手は見た目の他には売り手がどのように
中古車を扱ってきたか知るすべはありません。
売り手の言い分をそのまま信じることになります。
ある日、買い手がこのように思いました。
「50万円くらい価値がある車を買いたいな」
そこに悪い売り手が現れました。
悪い売り手は自分の車で事故をして修理をしたり、
車高を低くしてエアロバキバキになった経歴を隠します。
そして実際には10万円の価値しか無い車にお化粧をして、
「50万円でどうだ?」と強気で交渉してきました。
買い手は最終的な見た目だけしかわかりませんので、
エアロバキバキだった時代を知り得ません。
そこでうっかり50万円で買ってしまいました。
かくして買い手は悪い商品をつかんでしまいました。
きっとこの後、この車は長持ちしないことでしょう。
このような状態に陥った市場は健全といえません。
レモンは皮が丈夫なので、中が腐っていても
見た目がきれいな場合があります。
そのため英語ではlemonに不良品という意味があります。
そのような不良品ばかりが出回る市場のことを「レモンの市場」と言います。
上の例で痛い目を見た買い手が、
次に中古車を買おうとする時にどのような行動をするでしょうか。
次に現れた売り手が大変正直で、50万円の価値がある車を
50万円で売ってくれるとします。
しかし暗い過去を持つ買い手は「どうせ10万くらいだろう」
と言って引きません。正直な売り手は急ぎお金が必要だったので
なくなく30万円で妥結しました。
そうすると正直な売り手はもう二度とこんな取引したくないと思うでしょう。
また、嘘つきな売り手はまた悪いことをして儲けてやると思うでしょう。
これが「レモンの市場」の危険なポイントです。
中古車という商品では、売り手と買い手で情報格差があるため
このような事態が発生します。もし自動車に備え付けの整備手帳に
厳格な記録をする義務があった場合、買い手側は
○月×日 エアロバキバキになりました。
という記述を見て「この中古車は50万円ということはないだろう」と知ることができます。
現実では中古車ディーラーがプロの目で厳しく買取査定を行うことで
「レモンの市場」は発生し難い状況です。
それでは情報システムの開発はどうでしょうか。
情報システムの開発にかかる費用には、様々な見積もり方法があります。
また、「共通フレーム」と呼ばれるガイドラインでは
ユーザとベンダがどのようなプロセスを踏んで開発をすれば
お互いに誤解がないか、ということが明文化されています。
それでもなお、お客様とSIerの間での情報の非対称性というのは
大きいものだと思います。
中古車ディーラであれば、クラウンならクラウンが
新車と比較してどれくらい劣化したのかを知ることで金額の妥当性を
知ることができます。
しかしシステム開発では、「クラウンの新車」という比較相手が少ないです。
また、国内で作ったものとオフショアで作ったもので値段が違うという
複雑なケースなどもあるでしょう。
このような場合、システム開発費用の適正度診断には豊富な知識が必要です。
そのため、独立した立場の人間(監査法人やコンサルタント)により
費用が適正かどうかの診断を受けるということになります。
お客様が一度、「これはひどくぼったくられた」という思いを
抱く経験をされてしまった場合は、その後の契約で
「契約まではとにかく値引き、契約後は増加費用が無い範囲でとにかく仕様追加」
を要求するようになるかもしれません。
そのことにより、まともなSIerは不当に低い開発費用により
受注を断念することになり、最終的に市場から退出してしまうかもしれません。
また、不当なまで下げられた開発費用から更にものすごい手抜きをして
利益を出してくるSIerが現れるかもしれません。
一時の赤字を覚悟して受注を続け、焦土と化して誰もいなくなった市場で
またぼったくりの殿様商売をやろうと企むSIerが現れるかもしれません。
このことで、開発の途中でSIerが倒産して被害を受けたり、
まともなシステムが納品されなかったりというリスクが発注元に発生します。
これはまさしく「レモンの市場」の一形態と言えます。
悪い商品・サービスが生き残り、良い商品・サービスが市場から駆逐されること、
すなわち「逆選抜」が発生すると、悪い売り手だけが得をして
買い手や良い売り手が損をします。
それが中古車であれば、整備不良で人間を害する事故なるかもしれませんし、
システム業界では、バグや情報漏えいなどにより
広範に悪影響を及ぼす可能性も考えられます。
「このお客様はシステム音痴なので見積もりを多めに取っても大丈夫」
このような姿勢は業界全体の破滅を招く第一歩なのかもしれません。