オルタナティブ・ブログ > 加藤順彦|Asian視座で未来予想 >

ニッポンの景気対策の本命、『日本企業のアジア進出・アジア資本化』を支援しています

内海さんのダイヤルキューネットワーク

»

いまでこそ有り難くも母校関西学院の教壇に立たせていただいている小生ですが、在学中はほとんど通学なんぞしておらず、終いにゃまだ5年生だったにもかかわらず、上京転居してしまった体たらくでした。
(・・大阪で取締役やってたリョーマという会社の経営も半ば投げ出した僕は、結局卒業の半年後まで、毎週新幹線で大阪に帰るという始末に)

当時、それまで出資を通じて参加していた学生企業ダイヤルキューネットワークが、いよいよ面白くなりだし、僕自身が新規サービス『FAX Qネットセンター』の立ち上げの責任者になったからです。

90年10月、会社で借り上げた4室だけのレオパレス祐天寺第2(当時新築!)の101号室に同じくリョーマから移った同僚と引っ越した僕は、昼も夜も(会社も満席で自分の席も)なくサービス開発に没頭しました。
なんせ12月下旬に迫っていたヤマト運輸の伝言FAX(リンク先は当時のTVCM)よりより先んじてローンチするのが加藤のミッションだったからです。

70時間まったく寝ないとか、、若さ爆発のころ故メチャクチャでしたが、いま振り返れば、貴重な青春の1ページだったと思います。
同社のことは以前、ここで少し書いているので、ご興味あればこちらをお目通しください。
ダイヤルキューネットワークの20周年

さて   大阪のリョーマにて運転免許合宿を斡旋していた頃にお付き合いが始まり、東京での同社設立にあたり、いわばそのキッカケを提供していただいた恩師 内海勝統さん(株式会社ジンテック会長)が、その頃のことをコラム(新・内海新聞)に最近まとめられました。

内海さんの視座から、我々の創業前後のドタバタを振り返っておられており、含蓄ある示唆に富んだ文章です。よろしければぜひ御覧ください。

新・内海新聞 第30号
新・内海新聞 第31号
新・内海新聞 第32号

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する