年初の覚書 ―― ICTトレンドの私的概観
みなさま明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ当ブログをご贔屓にお願いいたします。
2016年も、ICTに関する話題は事欠かない年でした。
ここまで高度情報化(この表現もいい加減化石に近いですが......)が進んだ社会としては当然とはいえ、その傾向はますます加速していくだろうと強くと感じます。
あくまで個人的な印象ですが、昨年注目度の上がったワードとしては以下のようなところかと思います。
- IoT (Internet of Things)
- AI (Artificial Intelligence)
- MA (Marketing Automation)
- プライベートDMP (Data Manegement Platform)
- SoE/SoR (System of Engagement / System of Record)
IoT から DMP までの4つは、昨年以前からも話題のワードではありました。
特に IoT は一昨年においても最も大きなトレンドワードであったように思います。
しかしながら昨年に至り、これらが連関性や、具体性を強く帯びてくるようになり、より注目度が増してきました。
各企業にとって、単に「新奇なもの」から「導入を考慮すべきもの」へと視点がシフトしてきた感があります。
ではこれらの連関性とは何か、昨年のトレンドとは何であったのかと改めて考えてみると、それは「ビッグデータのハンドリング・ソリューションの具現化」であったのだと私は考えています。
企業がこれまでに蓄積してきた膨大なデータに加えて、デジタルマーケティングの浸透や IoT の実装が進めば、その増大速度はこれまでの比ではなくなってきます。
しかもこれまでの構造化されたデータとは違い、今後とてつもない流量をもたらすこれらのデータは、そのほとんどが非構造化データと目されるのです。
このとめどない非構造化データの一つ一つを、構造化の手続きを踏んで蓄積するのは、人力はおろか自動化してさえ現実的でないことは想像に難くありません。
構造化データ、非構造化データの別なく蓄積し、その溜まりの中から意味を見出すしか現実解はない......。
その解決手段として注目度が上がったのがDMP(プライベートDMP)です。
トレジャーデータなど、様々なデータを集積・蓄積し、分析へとつなげるサービス・プレイヤーが話題に上った1年であったように思います。
ただ、やはり現状ではその強みは集積・蓄積にあり、そのデータを「どう活かすか」については DMP 単体ではやや不足の念を禁じえません。
そこでデータをアクションにつなげる強みを持つツールが望まれるわけですが、以前にもこのブログで取り上げた MA はその代表格でしょう。
特定顧客へのオファリングを行うMAは、データをアクションへつなげる最もわかりやすい例と言えると思います。
昨年は Marketo、Oracle の Eloqua、Salesforce の Marketing Cloud ならびに Pardot といった認知が浸透しつつあるプレイヤーに加え、グローバルでは大きなシェアを持つ Hubspot が本格的に日本市場へ参入し、競争も激化の様相を呈してきています。
そしてこれらデータのハンドリング活動を包括して、処理の自動化のみならず効率の最適化をも自動化する期待値から、一気に話題性が増したのが AI でした。
Dreamforce のレポートでもお伝えしましたが、Salesforce は彼らのプロダクトすべてを網羅する基盤として、AI エンジンである Einstain をリリースしました。
AWS も、彼らの年間最大のイベントである re:Invent において、Amazon Lex、Amazon Polly、Amazon Rekognition といったAI サービスを発表しています。
実際に利用できるサービスとしての選択肢が広がることで、AI が学術的な遠い存在ではなく、身近なビジネスのツールとして実感でき始めた2016年ではなかったでしょうか。
ここまで概観してきた4つのワード(IoT、AI、DMP、MA)が技術、あるいはツールであったのに対し、最後に挙げた SoE/SoR は概念の話ですが、昨年最も目にする頻度が上がったワードであったように思います。
そしてそれはまた、他のトレンドワードにも大きくかかわるからでもあります。
ビッグデータを解析してビジネス施策につなげていくという活動は、これまでのICTの文脈とは大きく異なるものです。
これまでのICTの活用分野の本質は、主に「活動の結果」を「正確に記録する」ことにありました。
利益を生み出すための活動を効率化しこそすれ、活動の主体はあくまで人間であり、従って顧客との接点も人間対人間であることが当然であったのです。
一方、昨今注目を浴びているICTのトレンドは、多かれ少なかれコンピュータ・システム自体が利益を生む主体に近づくものです。
世界のデジタル化が進むにつれ、顧客がビジネス上の相手とするのがコンピュータ・システムであることは珍しくなくなってきました。
一番わかりやすく身近な例がECでしょう。我々は今や日常的にブラウザ上で物を買い、宿泊予約をしています。
顧客の相手をコンピュータ・システムが行い、事業活動自体の主体となって利益を生んでいるのです。
この、旧来の仕組みを「記録のシステム」= SoR - System of Record と呼ぶのに対し、新たなトレンドにある仕組みを、関係性を構築するという意味で「絆のシステム」= SoE - System of Engagement と呼称しているわけです。
今後も SoE の重要性は増していく一方と思われますが、この流れはシステム部門の問題ではなく、むしろ事業部門に強く影響していくはずです。
なぜなら、SoE/SoR の話は、例えばメインフレームからクライアント・サーバ型へのダウンサイジング、といった「システム構築上のトレンド」ではなく、ビジネスにおけるシステムの意味合いを変える「概念の変化」だからです。
これまでのシステム構築にかかる費用は、処理能力向上による効率化や、情報蓄積量増大による検索性の向上や紙媒体削減からの経費削減、セキュリティ対策によるリスク回避など、バックエンドにまつわる「コスト」であったろうと思います。
しかしながら SoE の世界においてシステムは、「事業・サービスの主体」たりえる存在です。
ここにかけた費用は、いずれ売上となって帰ってくることが見込めるのです。
すなわち、「コスト」ではなく「投資」として考えるべきということです。
もう一つ、これまでの SoR の世界においては、一度システム構築をすれば、少なくとも向こう数年、外部環境に大きな変化がなければさらに長い期間使い続けることもできました。
それは、システムの役割がバックエンドにあったからです。
しかし、SoE の世界においては、日々刻々と変化を続けるビジネスの最前線に立つ必要があります。
したがって、ごく短期間でのアップデート、あるいはスクラップ・アンド・ビルドを継続的に要求されることになるはずです。
システムの構築や改修にかかる費用は増大に向かうはずですが、これを従来の観点から一括りに「経費削減」の文脈で判断してしまうと、気づいた時には競合との差が取り返しのつかないものになりかねません。
システム構築費用を「コスト」ではなく「投資」とみなす観点を、事業部門は求められることになるのです。
このように、今まさに起こりつつあるパラダイムシフトを正しく理解し、対応していけるかどうかが企業の競争力を大きく左右すると私は見ています。
企業間でのいわゆるデジタル・デバイドは加速的に大きくなり、しかも致命的になっていくのではないかと。
さて、明けた本年、2017年はICTにとってどんな流れや変化が起こるのでしょうか。
想像を超えて急速に変化するこの世界、とてものこと予想などし切れませんが、ひとつ言えることは、クラウドの存在がどの企業にとっても不可欠になってくるということです。
上に挙げた昨年からのトレンドは、すべて基本的にはクラウドあっての技術です。
SoE の世界では、オンプレミス上にフルスクラッチで構築する仕組みは、時間的にも経済的にも合理性を持ちません。
パブリッククラウドについては、もはや通信回線や電力などと同様、ビジネスインフラとみなすべきでしょう。
また、AI がツールとして存在感を増してくるならば、企画やマーケティング部門の方々の考え方も変わっていかざるを得ないように思います。
実は私自身は、現状、世に出始めたサービスとしての AI は、「人工知能」という言葉から我々が連想するものとは異なるものと捉えています。
それはあらゆる状況に対処する、人間の頭脳の代替となるものではありません。
言葉にしてみれば、「与えられた勝利条件を満たすために最も効率性・蓋然性の高い方法を導き出す」エンジンです。
ネット碁の世界で「master」が猛威を奮い、それがどうやら AI だったらしいというニュースが記憶に新しいところですが、サービスとしての AI もそれと同様、決められたルールの中、勝利条件を満たすための最適解を導き出すものであるというのが私の理解です。
それはつまり、狙った効果を得るための手段の選択から人間が解放されるということです。
しかし、「勝利条件は何か」を定めるまでには、現状の AI は至っていないと考えます。
言葉を換えれば「AI は戦術家であって戦略家ではない」ということになりましょうか。
インテリジェント・ワーカーの仕事は、AI にとってかわられてしまうかもしれません。
しかし、事業の成功のために、何が勝利条件になるのか、それを定める戦略の立案は、少なくともここしばらくの間は変わらず人間の手にありそうです。
すべてのビジネスパーソンがより大局的に、本質的にものを見る目を求められる。
どうやら、そんな時代が来そうな気配を感じている、2017年の正月です。