日雇い派遣も名ばかり管理職もみんなプレカリアート
今年の夏は、ワーキングプア関係の本を集中的に読んでいます。「反貧困」はすでに佐々木さんが紹介済みですので、雨宮処凛氏の本を紹介したいと思います。
プレカリアート―デジタル日雇い世代の不安な生き方 (2007年10月出版)
フリーターに関する以下の問いについて、Yes/Noでお答えください。
- そんなにフリーターで大変なら、田舎に行って農業でもすればいい、と思う。
- 貧乏でも楽しく生きればいい。文句を言うな、と思う。
- フリーターが高い家賃の家に住んでいることが間違っている。風呂なし、トイレ、台所共同の家賃2、3万の部屋に住めばいい、と思う。
- フリーターよりももっと大変な人はたくさんいる。世界には飢えて死んでいく子どももいる。それに比べれば大分マシ、と思う。
Yesが1つ以上あった方は、本屋で雨宮処凛著【プレカリアート―デジタル日雇い世代の不安な生き方】のあとがきを読むことをお奨めします。続きは、本屋で。
プレカリアートは、「不安定なプロレタリアート」という意味の造語です。2003年にイタリアの路上の落書きから始まったと言われます。「経済至上主義のもと、不安定さをしいられた人々」を指します。プレカリアートには、「デジタル日雇い」と呼ばれる非正規雇用層だけでなく、サービス残業や過労死の心配をしなければならない正社員層も含まれます。
雨宮処凛氏は、とても強烈な経歴をもった作家です。一言にまとめるのは難しいので、公式プロフィールをそのまま引用しておきます。
1975年、北海道生まれ。
幼少期からイジメを受け、十代はリストカットと家出、ヴィジュアル系バンド追っかけに使い果たす。
21歳の時、右翼団体に入会。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」でボーカルとして活動。99年、その活動がドキュメント映画「新しい神様」(監督・土屋豊)という映画になる。
00年、自伝「生き地獄天国」(太田出版)を出版、作家デビュー。以後、右は辞め、執筆活動に専念しながらも、北朝鮮、イラクへと渡航を繰り返す。「生きづらさ」「自殺」「戦場」を主にテーマとした小説、エッセイ多数。
著書に「自殺のコスト」(太田出版)、「暴力恋愛」(講談社)、「アトピーの女王」(太田出版)、「戦場へ行こう!~雨宮処凛流・地球の歩き方~」(講談社)、「EXIT」(新潮社)、「ともだち刑」(講談社)、「悪の枢軸を訪ねて」(幻冬舎)、「すごい生き方」(サンクチュアリ出版)、「バンギャル ア ゴーゴー」(講談社)など。
現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。非正規雇用を考えるアソシエーション「PAFF」会員、フリーター全般労働組合賛助会員、フリーター問題を考えるNPO「POSSE」会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長、ニート・ひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問。06年7月より「週刊金曜日」で書評委員をつとめる。
現在、「BIG ISSUE」で「世界の当事者になる」を連載中。07年1月号「群像」にて連載「プレカリアートの憂鬱」が始まる
以前から生きにくさをテーマに本を書いていましたが、ワーキングプア問題に関係するようになってから一気にブレークしました。この2年で著書が相次いで出版されています。
著者は作家でありプレカリアート運動家でもあります。1975年生まれのロストジェネレーションど真ん中の当事者の視点で、自分が見たり聞いたりしたことを本に書いています。プレカリアート運動の依巫(よりまし)あるいは広報担当と言っていいかもしれません。
主観が強く入っている著作が多いです。その中で【プレカリアート―デジタル日雇い世代の不安な生き方】は、比較的マクロの視点でまとめられています。雨宮処凛入門書にも最適です。
と言っても、まえがきを1行読んだだけで、普通の読者はいきなりぶっ飛ばされてしまうのは間違いないです。続きは、本屋で。
第一章 なぜプレカリアートは急速に増加し続けるのか
第二章 「貧困ビジネス」が若者の日銭を搾取する
第三章 プレカリアート吼える! ~若者たちの反撃~
第四章 黙して語れぬプレカリアートの声なき叫び
第五章 【超世代座談会】就職氷河期世代の逆襲!
第六章 「都知事公認暴動を繰り広げよ!」【対談】石原慎太郎vs.雨宮処凛
第七章 プレカリアートの不安で曖昧な未来
この中で興味深いのは、第五章と第六章です。
第五章では、現役フリーター、フリーターの息子を正社員として就職させた経験を持つ親、大企業勤務の就職氷河期勝ち組正社員、そして著者が、座談会形式で激しいバトルを繰り広げます。果たして、フリーターは自己責任なのでしょうか。
第六章では、東京都知事の石原慎太郎氏と著者の対談です。自己責任論の塊のような石原氏と著者で対談が成り立つのか、一読の価値ありです。
前に「ワーキングプアは自己責任か」(門倉貴史著)をご紹介しました。著者の門倉貴史氏はいわゆる勝ち組です。門倉氏の本はよく言えば客観的、悪い言えば「ワーキングプアは他人事」です。ワーキングプアを当事者視点で理解する意味で、2冊合わせて読むことをお奨めします。
雨宮処凛の「オールニートニッポン」(2007年8月出版)
【雨宮処凛の「オールニートニッポン」】は、インターネットラジオ番組「オールニートニッポン」(オールナイトニッポンではない)で放送された対談を書籍化したものです。ラジオ番組をそのまま書籍にしたものなので、話言葉で書かれており、読みやすいと思います。
この番組のゲストがただ者ではないです。「素人の乱」の松本哉氏、「反貧困」を書いたNPO法人「もやい」の湯浅誠氏も出演しています。
ホームレスが自立のために販売する雑誌「ビッグイシュー」の日本代表・CEOである佐野章二氏は、以下のように話しています。
人はなぜホームレスになるか。ひとつは失業問題ですね。失業して収入がなくなるから、家賃が払えずに家がなくなる。このふたつでホームレスになると思うでしょ。そうじゃない。3つめの条件がある。身近な絆を失うんです。若い人なら友達の家に転がり込むとか、家庭をお持ちの人なら奥さんや家族に助けてもらうということがあるんですが、そもそも日雇いで単身だった労働者の人は、家庭も持てなかった人がいる。いろんな形で身近な絆をなくす、ひとりぼっちになる。ある種の希望がなくなる。ホープレスになる。
(略)
4年前の調査で日本のホームレスの平均年齢が56歳。我々ビッグイシューの販売員の平均年齢が50歳、ちょっと若めなんです。ところでね、(2007年)2月の20日過ぎから3月にかけてビッグイシューの販売員を募集したところ、12人が登録に来た。そのうちなんと7人が、20代30代なんです。我々の前に、急激に若い人たちがわっと現れた。非常に極端な例を申し上げますと、33歳で女性で、3人の子持ちの人がいた。
(略)
4つのことをすれば、時代が変わるかなと思うんです。
第1は安くて良質な住宅を供給することです。僕は思うんですが、ワンルームだったら2万円くらいで入れる。それだったらビッグイシューの販売員は1日40冊売れば入れる。生活保護水準の暮らしができる。カップルで暮らせる部屋は4万円とか。そういうものを供給すれば、少なくとも心が安らぐ。
2番目は最低賃金を上げる。最低でも1000円以上に。
3番目は個人を対象にした年金。年金の議論は何十年もしているので、いい加減に結論出して、個人を対象にする年金制度を作る。
4番目はダブルジョブ。若い人が、2つの職場で働くんです。食べるためにコンビニで働いて、もうひとつは社会のために働く。例えば3日はコンビニで働いて、3日はNPOで働く。そういう働き方ができるようになれば、社会を変えていく上のスキルとかキャリアになっていくんじゃないか。
(略)
貧困とはチャンスからの排除、機会からの排除という意味が大きい。それをやっていると、社会が弱くなる。湯浅さんの言った貧困とは、社会の弱体化だと思う。社会が弱体化したら、経営者も困るんです。
フリーター・ワーキングプア問題を考える上で、前向きな提案ではないかと思います。
他にも個性的なゲストとのぶっ飛びトーク満載です。
生きさせろ! 難民化する若者たち (2007年3月出版)
著者がフリーター、パート、派遣、請負等の不安定な立場で働く若者を実際に取材して書いた本です。プレカリアートをテーマにした最初の著書です。2007年の日本ジャーナリスト会議賞を受賞しました。
この本が出てから1年たって、日雇い派遣、ネットカフェ難民、サービス残業、過労死、名ばかり管理職の問題が注目されるようになってきました。この本で取り上げたからというわけではないのですが、先見の明があったと思える本です。
1つの例として、著者の弟の話が載っています。著者の弟はフリーターを経て2001年にY電機の契約社員になりました。その後、正社員のフロア長になったところ、まさに名ばかり管理職で、残業代なしで、夜の食事の休憩時間も取れず、毎日朝早くから深夜まで働くことになりました。過労死寸前の状態になりながら、フリーターからやっと手にした正社員を辞める判断がなかなかできず、同じ職場で長時間労働している同僚に「戦友」意識を持ってしまったことが説明されています。夜の10時半にタイムカードを押した後でサービス残業することを会社から指示されているにもかかわらず、労基署に相談しても鈍い反応しかなかったことも書かれています。
普通に就職して普通に働く世間並みの生活を求めることさえ難しくなっているようです。
ちなみに、弟は労働時間を自己管理するという立場だったわけだが、過労死・過労自殺者の実に六割以上が労働時間を自己管理している立場の人である。店長、工場長などの管理職が多く、また営業職も多い。「仕事の時間を自分で管理できる」という言葉は、「仕事が終わるまで残業代ゼロで死ぬほど働かなくてはいけない」という言葉と同義なのだ。
テレワークによる自宅残業のような新しい問題についても共通することです。
この本には、フリーターが泊まっている漫画喫茶の店員の取材もあります。いわゆるネットカフェ難民(注)は、2006年春頃から関係者の間で話題になってきたことがわかります。その時点で、4-5年前から漫画喫茶に事実上住んでいた人がすでにいたようです。
(注 「ネットカフェ難民」という言葉は2007年1月のNHKドキュメンタリーで初めて使われた。)
重苦しい事例が延々と続く本です。人によっては読み切れないかもしれません。ネットの書評では、事例に登場する人物の事情に共感できないというコメントもあります。フリーター・ワーキングプア・過労死が自己責任なのか、意見の分かれるところです。
木を見て森を想像できる人はこの本の意味を理解できるでしょう。自分や周りの人は交通事故に遭ったことがないから交通事故に遭うのは自己責任、と言い切るような人は受け容れにくいと思います。
統計上では何万人のうちの1人でカウントされてしまう個人が、どのような事情があったのかを知ることができる1冊としてお奨めです。
雨宮処凛氏のネットでの評判は、賛否両論、毀誉褒貶相半ばといったところです。でも、食わず嫌いよりも、自分で食べてみてからいい悪いを決めてもいいのではないでしょうか。
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