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欧米は本当に「ジョブ型」なのか──JILPT資料「欧米諸国における賃金制度とその運用」を全章読んで、日本と比べてみた

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「ジョブ型」「職務給」「同一労働同一賃金」。ここ数年、日本の人事制度改革の議論では、欧米の賃金制度が「あるべき姿」として参照され続けてきました。では、その「欧米」の実態を、私たちはどこまで正確に把握しているのでしょうか。

2026年9月30日、労働政策研究・研修機構(JILPT)が、JILPT資料シリーズNo.308「欧米諸国における賃金制度とその運用──文献等調査結果」を公表しました。厚生労働省の賃金政策推進室の要請に基づき、ドイツ、フランス、スウェーデン、イギリス、アメリカの5か国について、賃金決定の実態を文献から整理した、約200ページの資料です。

本記事では、この資料の本文を通して確認したうえで、5か国それぞれの特徴を整理し、日本と比較しながら、人事制度改革への示唆を考えます。なお、私は人事・組織変革のコンサルタントの立場で読んでおり、第6章の「示唆」は、資料の記述ではなく、私自身の解釈です。

▫️1. 資料の概要と問題意識

この調査は、政府が構造的な賃上げを目指し、職務給の導入を後押しする流れの中で実施されました。序章は、次の問題意識をはっきりと示しています。

・「ジョブ型」という言葉で参照される欧米は、ブルーカラーの世界であることが多い。一方、日本の議論が対象にしているのは、ホワイトカラーも含む。両者には対象のズレがあり、同一職種で比べた特徴は曖昧なまま議論が進んでいる可能性がある
・近年、日本企業の人事改革では、完全な欧米型ではない「自社型」という言葉も散見される。しかし「欧米型」の中身を、正確な事実に基づいて認識しているとは限らない
・諸外国の賃金決定を正確に理解しないまま、「あるべき論」を進めるのは危険である。そこで本調査は、特定の制度の是非を問わず、賃金の決まり方・上がり方という事実の把握に徹する

調査国は、資本主義の類型に基づき、調整型市場経済からドイツ・フランス・スウェーデン、自由な市場経済からアメリカ・イギリスが選ばれています。令和7年度は文献レビューで、令和8年度には現地調査が進められており、その結果は別の報告書として公表される予定です。

▫️2. 賃金決定の3つのパターン:市場か、集団か、企業か

資料は、賃金を決めるルールを、労働市場のルール(市場賃率)と、企業組織のルール(人事・賃金制度)の2つで捉えます。そして、どのパターンでも、企業は人事・賃金制度を設計して賃金を決めていますが、労働市場との関係が異なるとして、次の3つに整理します。

1. 労働市場の影響力が大きく、企業は世間相場に基づいて賃金を決める(アメリカ)
2. 労使団体等によってコントロールされた労働市場に基づいて、企業が賃金を決める(ドイツ、スウェーデンなど)
3. 労働市場の影響力が小さく、企業が自ら設定したルールに基づいて賃金を決める(日本)

日本は、企業横断的な制約がない中で雇用のルールを設定できる点が、欧米との比較で鮮明になるとされています。たとえばアメリカの事例研究では、ある企業が約1,800の職務について市場調査を行い、その結果が賃金額に大きく影響していました。日本でも1990年代後半の成果主義化以降、職務や職責といった「仕事」の要素を重視する企業は増えましたが、自社の賃金と市場相場をリンクさせている企業はごく少数だとされています。

つまり、「欧米は職務に基づく賃金」といっても、その実現方法は国によって大きく違います。

▫️3. 5か国の賃金決定を深掘りする

【ドイツ:「安定支給」を軸に、グローバル標準と伝統が混ざり合う】
・賃金は、法定最低賃金(2015年導入)、産業協約、協約外職員(マネジャー層)の3つの層で決まる。産業協約が適用される被用者の比率は、2025年春に49%と、初めて半分を下回った
・産業協約の報酬グループは、化学産業では公的な職業資格やスキル、任務の自律性などを総合して決まる。金属・電機産業のバーデン・ヴュルテンベルク州では、職務・役職を点数法で評価し、17の報酬グループに分ける。配点の最大は、職業知識・能力が37点、思考力20点、裁量・マネジメント責任17点、コミュニケーション13点、部下へのマネジメント責任7点である
・同協約では、個人業績給が明確に定義され、平均して基本給の15%が目安とされた。これにより、基本給を中心とする安定した報酬が確保されている
・協約外職員(マネジャー層)には、職務・役職の評価に基づく共通の俸給ランクがあり、評価には、ヘイ(現コーン・フェリー)、BASFが使うSTRATA、キーンバウムのKRIEM、自社基準などが使われている。報酬額の相場は、キーンバウムのサラリーサーベイや、監査役会への役員の相互派遣を通じて、企業の間で共有されている
・歴史を振り返ると、第1次世界大戦以降、「報酬の安定支給」が長く重視され、年功的な運用が根づいた。1970年代に仕事基準の役職評価が普及し、1990年代後半からは、有名企業の多くが横並びで、グローバル標準の格付けと、目標管理に基づく成果主義型ボーナスを導入した
・ただし、世界金融危機以降は揺り戻しもある。個人業績をボーナスに反映しない「No Rating型」が、ダイムラー(現メルセデス・ベンツ)から広がり、ジーメンスでは俸給バンド自体が廃止された。BASFも2023年以降は、バンドの下限のみを定めている
・一方、昇進・昇格を受け入れない社員には強い圧力がかかる「アップ・オア・アウト」の原則がある。1970年代のジーメンスでは、昇進しなかったエンジニアの40歳以降の報酬は、ほとんど上昇しなかったという。マネジャーは、求められる業績を2年を超えて出せなければ降格が正当化されるが、既得権保証の法理により報酬が切り下げられることはまずなく、改善しなければ解雇もありうる
・グローバル標準の導入では、対応が分かれた。旧ヘキストは労使協議を経ずに一方的に導入し、不満が噴出した。BASFは、労使協議を通じて、受け入れ可能な形に共同形成した
・近年の事例では、メルセデス・ベンツや化学大手のBASFで、ボーナス予算が全社の利益指標のみに連動していたため、業績の悪化とともに、個人の責任とは無関係に、全員のボーナスが大きく下がった。化学産業の協約外職員のボーナスは、2024年に前年比24%減、従業員1万人以上の大企業では55%減となった。BASFは、事業部内に複数の収益把握単位を置き、その合算でボーナス予算を決める方式に改めた
・筆者は、こうした報酬水準の維持の持続可能性に、極めて懐疑的である。経済のマイナス成長が続き、労働分配率が過去最高水準(73.1%)に近づいているためである

【フランス:国・業界・企業の3層が干渉し合い、制度の改革は「協議」で進む】
・賃金決定は、国、業界、企業の3層が相互に干渉して決まる。全国職種横断最低賃金(SMIC)は、民間部門の中位賃金の60%強に達し、労働者の10〜15%がこの水準に張り付いている
・組合組織率は約10%と低いが、労使協約の適用率は98%に上る。業界別協約が、労働省令によってほぼ自動的に拡張適用されるためである。業界協約が企業に及ぼす影響は、業界によって4つの類型に分かれる
・2024年1月に、金属・鉄鋼業界で、約42,000社・160万人を対象とした新協約が発効した。従来は、76の地域別協約、20の分野別協定、技術者・管理職向けの協約が併存していたものを統合し、生産労働者からエンジニア・カードルまでを、統一の基準で評価する
・評価は、仕事の複雑性、知識、自律性、貢献度、管理・協業、コミュニケーションの6つの基準を、それぞれ10段階で評価して合計する(6〜60点)。点数に応じて18の職階に位置づけられ、職階ごとに最低年間基本給が定められた(21,700ユーロ〜68,000ユーロ)
・運用の手続きも細かく決められている。雇用主は職務記述書を作成して社会経済委員会に諮問し、従業員の同意を得る。評価は認定された専門家が行い、従業員は通知から1か月以内に説明を求められる。評価者向けの教育と認定制度も整備された。協約は「いかなる従業員の賃金総額も低下させない」という安全条項を持ち、5年後に見直される
・労働組合の反応は割れた。CFDT、FO、CFE-CGCは署名したが、CGTは署名を拒否した。理由は、賃金決定が職務の評価のみで行われると、学位や経験年数に表れる個人の能力が無視されること、職務記述書が人事部主導で作られると、恣意性が混入する恐れがあることなどである
・ルノーの事例では、業界協約を土台にしつつ、勤続加給、チーム目標への貢献を評価する「キャリア加給」、スキルの習得を認証する「スキルブロック」などの独自の制度が組み合わされている。一方、カードル層には、人事部が2013年以降、ヘイ方式のジョブ・グレーディングを、主に研究開発の拠点に導入した。これに対しては、市場賃金パネル調査の不透明性や、評価委員会の能力への疑問など、カードルから不満が出た。フランスでは2007年に、評価システムの変更に先立って従業員代表の組織と協議することを義務づける判例が出ているが、ルノーは協議を行っていなかったとされる
・2020年には、すべての労働組合と使用者団体が合意した、カードルに関する全国職業間協定が結ばれた。カードルの定義を、学位ではなく、自律性、責任、イニシアチブなど、実際の職務内容に基づく機能的な基準に合わせて再定義するものである

【スウェーデン:産業別協約と企業内の運用を、労働組合が結びつける】
・労働組合の組織率は約70%、協約のカバー率は約90%と高い。産業別協約は、職種ごとの賃率を定めるのではなく、最低賃金、賃金の決め方の一般ルール、賃上げ率の下限などを定める。協約の規定が例外なく適用されるのは8%(民間部門で13%)にとどまり、多くの企業の労使に裁量が認められている
・賃上げ率を明記しない「数値なし協約」は、全体の23%を占める。大卒専門職系の組合ほど導入が進み、同じ業種でも、職種によって協約の形が異なる
・かつて労働組合は、産業横断的な職務評価に基づく同一労働同一賃金を目指したが、職務評価で賃金が下がりうる労働者の協力が得られず、失敗した。ホワイトカラーの労使も、職務別の賃金統計(BNT)を作成していたが、経営者側が「賃金決定がこの統計に縛られる関税制度のようなものになる」と反対し、1988年を最後に実施されなくなった
・現在の賃金は、各社が選んだ職務評価に基づく等級と、評価(能力査定)で決まる。ブルーカラーでも、評価に基づく賃金が広がっている。かつての出来高給をめぐる職場交渉が、いまは能力査定における交渉に変わったともいえる
・ボルボの工場では、能力給部分の評価でほぼ全員が満額の昇給を得ており、組合は、これを賃金を集団的に引き上げるツールとして活用していた。自動車修理会社の事例では、評価シートに労働組合の署名欄があり、上司と部下の評価面談に組合の代表が同席することもある
・ベアリング大手のホワイトカラーの事例では、賃金テーブルが「その年のパフォーマンス」と「市場相場に対する現在の賃金水準」の2軸で昇給率を決める。組合は、平均賃上げ率の水準と、その配分を一体で交渉しており、評価の公平性をモニタリングする以上の機能を果たしている
・資料は、スウェーデンの産業横断的な調整が、労働者保護だけでなく、行き過ぎた賃上げ圧力を抑え、経済競争力を保つ目的も持つことを指摘する

【イギリス:職務と人を組み合わせ、透明化の法制度が賃金を動かす】
・労働市場は、職業別労働市場(OLM)から内部労働市場(ILM)へと移行してきた。組合組織率は22%、賃金交渉は企業・事業所レベルが中心で、欧州諸国より日本やアメリカに近い
・歴史的に、企業が従業員に賃金情報を他者と共有しないよう契約で縛る慣行があった。2010年平等法がこれを否定し、2017年には男女間賃金格差の報告・公表が義務化された。フルタイム労働者の男女間賃金格差は6.9%まで縮小した。2026年1月成立の雇用権利法は、平等行動計画の義務化や、労働組合の平等代表の法的な位置づけを盛り込んでいる。EUでは2023年に賃金透明化指令が成立し、加盟国には2026年6月までの国内法整備が求められている。EUを離脱したイギリスに対応の義務はないが、経済や社会の結びつきが強いため、近い制度を導入することがあるとされる
・CIPDの調査では、企業の給与体系の導入率は60%(従業員1万人以上で92%)。成果連動型給与の導入率は、2012年の65%から2019年の44%に低下した。成果は外部環境にも左右され、不公平感の原因になるためである
・給与額の決定で最も重視されるのは、支払い能力(35%)、職務評価付きの市場賃金(34%)、職務評価なしの市場賃金(26%)、団体交渉(21%)の順である。2010年平等法以降、賃金の公平性が強く問われ、単純なマーケット・プライシングから、職務評価付きの市場賃金に移行している
・昇給で考慮される要素は、個人の成果(75%)、コンピテンシー(62%)、スキル(56%)、ポテンシャル・定着(55%)、市場賃金(55%)、勤続期間(29%)、労働組合との交渉(21%)である。イギリス企業も、職務だけでなく、人も見ている
・採用では、職務記述書と、人に関する要件を定めた「パーソン・スペシフィケーション」(役割プロファイルやコンピテンシー)をセットで提示する企業が多い
・職務評価の方法は、内製が6%、外部サービスの利用が68%、外部コンサルティングを使った自社カスタマイズが27%である。近年はAIの活用が急拡大しており、膨大な職務記述書の読み込みと序列化、バイアスのある表現の検知、市場賃金との比較による給与設定の提案などが行われている。資料は、一貫した基準を保てる点でAIは職務評価と親和性が高いとする一方、学習データの偏りによる差別の拡大再生産や、評価プロセスのブラックボックス化を課題として挙げる
・働きぶりを評価する「パフォーマンス・レビュー」と、給与を見直す「ペイ・レビュー」は、別々に実施する。パフォーマンス・レビューの結果は給与に直結しないため、評価が中心に集まりやすく、ラインマネジャーの評価を人事や全社で変更することはない。外部公平性と内部公平性を両立するために、評価と賃金決定を分けているとされる。評価の低い従業員への降給は基本的に行わず、退職・解雇で対応する
・賃金情報が不透明なため、個人が賃上げを交渉する必要があるが、その成否には属性による差がある。賃上げを求めて実現した人は、男性31%、女性21%である。個人と企業の交渉力の差を埋めるうえで、団体交渉が有効とされる

【アメリカ:市場価格がルール。役割・職群・職務レベルが「翻訳装置」になる】
・報酬決定は、外部労働市場の世間相場を重視する市場志向が特徴で、近年は職務評価の点数よりも、市場価格によって職務の価値を捉える傾向が鮮明になっている。WorldatWorkの調査では、市場調査法の利用率が一貫して高い一方、かつて代表的だった得点要素法の利用率は、近年大きく低下している
・基本給の中心は、各等級の給与レンジ(下限・中間値・上限)である。中間値は、職務の市場水準を示す基準で、基本給の市場相場のターゲットを「50パーセンタイル(中央値)」とする企業が77%を占める
・昇給は、市場水準に対する現在の給与の位置と、人事考課の評定を組み合わせた昇給マトリクスで、「昇給率の目安」が決まる。最終的な昇給率には、部門マネジャーの裁量が認められる。最低評価でも昇給率はゼロにとどまり、名目上の降給は行われない
・市場変動に対しては、「エクイティ」と呼ばれる例外的な基本給調整が使われる。運用は原則として非公開で、不満や離職リスクが顕在化したケース、いわゆる「ゴネ得」への対応として行われる側面もあるとされる
・変動給は、短期インセンティブ(年次賞与など)と、株式を使った長期インセンティブに大別される。管理専門職の上位層では、長期インセンティブが報酬全体の3割程度を占める場合もある
・近年は、職務の代わりに、役割(Role)、職群(Job family)、職務レベル(Job level)といった枠組みが、市場と組織をつなぐ「翻訳装置」になっている。WorldatWorkの調査では、職務レベルを示す汎用的な職務タイトル(アソシエイト、シニアなど)が86%、給与構造・レンジ・等級が85%、職務レベルの設定が84%、職能と職群が72%の企業で使われている。給与構造は、複数に分けて持つ企業が多い
・スキルベースへの関心は高まっているが、報酬決定にまで及ぶ実務は限定的である。大企業の11,300の役割を分析した研究では、学歴要件を廃止した役割は全体の3.6%、そのうち大卒でない人材の採用が増えた割合も3.5%にとどまった
・州レベルで広がる給与透明化法は、求人での給与レンジの開示などを義務づける。資料は、非公開を前提としたエクイティによる内部公平性の確保が難しくなり、市場変動への対応を明示的に説明することが問われると指摘する。市場志向を抑えるのではなく、組織の内部で説明可能な形に再制度化する圧力だという整理である

▫️4. 5か国に共通して見えたこと

5か国を並べると、資料が指摘するとおり、「欧米は職務給」と単純化することは難しいと分かります。

・職務以外の基準が、賃金に使われている。アメリカのホワイトカラーでは役割が基準になり、イギリスではポテンシャルやスキルが考慮され、ドイツの管理職層では年功が重要な基準になり、スウェーデンではブルーカラーにも能力に基づく賃金が進んでいる
・職務評価に、グローバルな人事コンサルティング会社が活用されている。かつては国ごとに独自の基準が使われていたが、近年は、グローバル標準の基準を採用する動きが強まっている可能性がある
・同じ国の中でも、職種によって賃金決定の仕組みは異なる。ブルーカラーとホワイトカラーに加え、管理職、大卒専門職でも異なる可能性が高い
・労働者の集団的な発言機構が、制度の設計や運用に関与している例がある。ドイツの従業員代表委員会、スウェーデンの組合による評価面談への同席、イギリスの団体交渉などである
・法政策の影響が大きい。ドイツの最低賃金、フランスの協約の拡張適用、イギリスとアメリカの透明化の動きがその例である

資料は、これらの変化を「ともすれば日本の賃金制度との接近とも捉えられる」としたうえで、日本と欧米の2類型の理解から一度距離を置き、諸外国の実態に基づいて日本を相対化することが有益だと述べています。

▫️5. 日本と比べて、何が同じで、何が違うか

資料の記述を手がかりに、日本との共通点と相違点を整理します。

【違い】
・労働市場との距離:日本は、企業が自ら設定したルールで賃金を決める度合いが強い。「役割」も、市場で通用する職種ではなく、経営戦略や事業計画に応じて作り替えられる仕事を指す傾向がある、との指摘が引用されている
・企業横断のルール:ドイツやスウェーデンには、産業別の協約という、企業を超えた制約がある。日本には、企業が雇用のルールを自由に設計できる。スウェーデンでも、企業ごとの労使の裁量は大きいが、その運用に労働組合が関与する
・評価と賃金決定の関係:イギリスでは、パフォーマンス・レビューとペイ・レビューを分け、評価は給与に直結しない。資料に引用された指摘では、日本で人事評価が昇給に直結するのは、内部の評価のみで賃金が決まるためである
・昇給と降給:日本の定期昇給と異なり、イギリスでは、基本給の昇給を評価によって決めることが多い(メリット・ペイ)。アメリカでは、最低評価でも昇給率はゼロで、名目上の降給は行われない。日本では、管理職層の洗替方式の基本給や、組合員層の上位等級での降給が、制度化されている
・職務記述書の位置づけ:アメリカの職務記述書は、現任者から独立して存続し、職務が不要になれば現任者とともに廃止される。日本のジョブ型改革では、雇用と処遇を維持するため、現任者の職務分析を、事業運営上の要請と切り離して行うことがある、と資料は指摘する
・賃金情報の明示:日本は、求人募集の際にも賃金を含む労働条件の明示を義務づけている。イギリスには、求人募集時の労働条件の明示に関する規制がない
・勤続年数:平均勤続は、日本12.4年、フランス10.3年、ドイツ10.1年、イギリス9.4年、スウェーデン8.0年、アメリカ3.9年

【共通点・接近している点】
・日本も、1990年代後半の成果主義化以降、職務、職責、成果といった「仕事」の要素を重視する企業が増えた
・ドイツ企業のHRMの変化の方向性と動因は、グローバル期には、日本企業と全く共通していたと資料は述べる。違いは、ドイツでは、それ以前に役職評価が広がりアップ・オア・アウトが強化されていたこと、そして、リストラの規模が日本をはるかにしのいでいたことである
・イギリス企業も、昇給の判断では勤続期間(29%)を考慮している。資料は、日本企業もイギリス企業も、職務と人を結びつけて成果を引き出すには、職務だけ、人だけを見るのでは不十分だからだと説明する

▫️6. 日本への示唆(私の解釈)

ここからは、資料の記述ではなく、私自身の読み方です。

1. 「ジョブ型」は、制度の輸入ではなく、組み合わせの設計である
欧米の実態が多様である以上、特定の国の制度を、そのまま持ち込んでも機能しません。ドイツの例が示すように、賃金の安定支給と、アップ・オア・アウトのような退出の圧力は、補完し合って成り立っています。制度の一部だけを移植すると、その補完関係が崩れます。「自社型」を設計する際は、評価、昇給、配置、退出までを含めた全体の整合性を確認する必要があります。

2. 評価と賃金決定を「つなぐ」か「分ける」かは、設計の選択である
イギリスは、評価と賃金決定を分けて、外部公平性と内部公平性の両立を図っています。日本のように評価を昇給に直結させる設計は、評価の分布が広がり、運用への負荷と納得性の問題が強まります。評価の目的を、育成と処遇のどちらに置くのか。両方を一つの評価で担わせているなら、その前提から見直す価値があります。

3. 外部相場との接続は、「どのデータを世間相場と見なすか」の解釈の問題である
アメリカでも、市場データの「解釈と選択」が重要な実務課題になっています。日本企業が市場相場と接続するときも、データの出所、参照する市場の範囲、自社をどの水準に置くかという意思決定が問われます。外部データに従うのではなく、自社の報酬ポリシーを言語化したうえで使い分けることが重要です。

4. 透明性と説明責任が、制度の「運用」を左右する
イギリスやアメリカの透明化の流れは、制度の中身以上に、「なぜその賃金なのか」を説明できる運用を求めています。アメリカでは、非公開を前提としたエクイティによる調整が難しくなるとされています。日本でも、職務や役割に基づく制度を導入するほど、等級の決め方や昇給の根拠について、説明責任が重くなります。

5. 制度の変更には、従業員の参加が欠かせない
ドイツのBASFは、労使協議を通じて、グローバル標準の制度を受け入れ可能な形に共同形成しました。一方、旧ヘキストは一方的に導入し、不満が噴出しました。フランスでは、評価システムの変更に先立って従業員代表と協議する判例があり、ルノーのジョブ・グレーディングは、協議なしに導入されたことへの不満が出ています。制度の導入では、説明会やヒアリングにとどまらず、設計や運用の段階から現場の声を取り込む仕組みが、制度の定着を左右すると考えます。

6. 指標は行動を決め、制度は文化をつくる
ドイツの事例は、指標設計の示唆に富みます。ボーナス予算が全社の利益指標のみに連動していたメルセデス・ベンツやBASFでは、業績の悪化とともに、個人の責任と無関係に全員のボーナスが下がり、管理職層の企業への信認が揺らぎました。BASFは、算定の単位を事業部内の複数の収益把握単位に分け、その合算で予算を決める方式に改めています。

測定値が目標になると、その測定値は良い指標として機能しなくなる、というグッドハートの法則が示すとおり、指標は現場の行動を規定します。何を測り、何に報いるのか。その設計が、組織の行動と従業員の信頼を決めます。

7. AIは、職務評価と相性が良いが、説明可能性が問われる
イギリスの章が示すとおり、AIは、職務記述書の読み込みと序列化、バイアスの検知、市場賃金との比較を、一貫した基準で高速に行えます。一方で、学習データの偏りによる差別の拡大再生産や、評価プロセスのブラックボックス化という課題があります。透明化が求められる流れの中では、AIが出した評価や給与案の根拠を、人が説明できることが前提になります。AI活用の本質は、人と組織の変革にある。評価制度でAIを使うほど、その運用を支える人と組織の設計が問われます。

▫️7. 読む際の留意点

・本資料は文献調査であり、各国の企業の実態を直接調べたものではありません。実態の把握は、令和8年度の現地調査の結果を待つ必要があります
・各国の章は、統一の構成をとらず、それぞれの国の研究の蓄積に応じてまとめられています。記述の粒度は、国によって異なります。たとえばスウェーデンの賃金制度の実態は、製造業の事例が中心です
・同じ国の中でも、ブルーカラー、ホワイトカラー、管理職など、職種によって賃金決定の仕組みは異なります。「ドイツは〜」「アメリカは〜」といった一般化には、注意が必要です
・紹介されている事例の多くは、特定の企業や特定の時期のものです。第6章の示唆は、私の解釈であり、資料の結論ではありません

▫️8. 自社を点検する10の問い

1. 自社の賃金は、外部の相場と、どう接続されているか。どのマーケットデータを「相場」としているか
2. 自社の報酬ポリシー(市場の中央値を狙うのか、上位を狙うのか)を、言語化しているか
3. 評価は、育成と処遇のどちらを目的にしているか。両方を一つの評価で担わせていないか
4. 等級や賃金の決め方を、従業員に説明できているか
5. 評価の運用(目標設定、評価、昇給の決定)は、透明で納得感があるか
6. 制度の設計や変更に、現場や従業員の声を反映する仕組みがあるか
7. 導入した制度の各要素は、互いに整合しているか(評価、昇給、配置、退出)
8. 成果指標が、個人の責任と無関係に、全員の報酬を左右していないか
9. 指標が、現場の行動を歪めていないか
10. 制度を「完成形」とせず、見直しの頻度と判断基準を決めているか

▫️まとめ

「欧米はジョブ型」という一言では括れない、多様な実態が、この資料からは見えてきます。そして、その実態は、決して日本の制度と無縁ではありません。

賃金・人事制度は、設計して終わりではありません。何を測り、何に報い、どう説明し、どう更新するのか。その設計と運用の一つひとつが、組織の文化をつくります。働き方や仕事の中身が大きく変わる今だからこそ、制度を「輸入」するのではなく、自社の戦略と文化に合わせて「設計」する力が、人事に求められていると考えています。

参考:
労働政策研究・研修機構(JILPT)「欧米諸国における賃金制度とその運用──文献等調査結果」JILPT資料シリーズNo.308(2026年9月30日)
https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2026/308.html
https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2026/documents/0308.pdf

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