実質賃金は回復基調。でも、本当に「豊かになった」と言えるのか
厚生労働省が公表した毎月勤労統計調査(2026年3月分)は、日本経済が今どのフェーズに入っているのかを考える上で非常に重要なデータだと感じている。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2603p/dl/pdf2603p.pdf
ここ数年、日本では「賃上げ」が大きなテーマになってきた。春闘では歴史的な賃上げ水準が続き、企業各社も初任給引き上げやベースアップを打ち出している。今回の統計でも、現金給与総額は前年同月比で増加傾向が続き、実質賃金もプラス圏に戻る月が出始めている。
一方で、この数字をどう見るべきかは慎重に考える必要がある。
OECDの2025年雇用見通しでも、日本は「数十年にわたる賃金停滞」からようやく名目賃金上昇局面に入りつつあると指摘されている。
https://www.oecd.org/ja/publications/oecd-2025_1c69dd03-ja/8af00ced-ja.html
しかし同時に、実質賃金は依然としてパンデミック前水準を十分に回復していないとも分析されている。つまり、名目賃金は上がっていても、"豊かさの実感"はまだ限定的ということだ。
実際、日本の賃金停滞は短期的な景気循環ではなく、かなり構造的な問題として研究されてきた。厚生労働省の労働経済白書でも、生産性上昇に対して賃金上昇が十分追いついていないことが分析されている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/23/2-1.html
さらに、日本では1997年前後をピークに実質賃金が長期停滞しているという分析も多い。OECD比較でも、日本だけが「他国ほど賃金が上がらなかった」構造が指摘されている。
https://isvd.or.jp/columns/wage-stagnation-30years-structural-mechanism
背景には、
・長期デフレによる価格転嫁の難しさ
・非正規雇用比率の上昇
・企業の内部留保重視
・労働分配率の低下
など複数の要因が絡んでいる。
だからこそ、現在起きている賃上げは単なる「給与アップ」ではなく、日本型雇用と報酬の前提変更として捉える必要がある。
企業側から見ても、今回の賃上げは単なるコスト増ではない。
・人材確保競争
・初任給引き上げ圧力
・インフレ対応
・人的資本投資
といった複数の圧力が重なった結果でもある。
また、今後はAIや自動化の進展によって、「どの仕事に賃金が支払われるのか」という構造自体も変わっていく可能性が高い。
つまり、これから重要になるのは、単純な賃上げ率ではなく、
・どのスキルに価値が付くのか
・どの仕事が代替されるのか
・企業がどこに人的投資を行うのか
という問いである。
個人的には、日本はいま「安い労働力の国」から脱却できるかどうかの分岐点に立っているように感じる。
実質賃金の回復は確かにポジティブだ。
しかし本当に問われているのは、"持続的に豊かさを実感できる構造"を作れるのかという点なのだと思う。