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大学での補習の不思議

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大学で補習授業が行われているという話を最近よく耳にしますが、不思議に感じている方も多いかと思います。そもそも大学入試は、その大学に入って学ぶに足る学力が備わっているかをチェックするために機能だと理解しています。もちろん、入試を受ける人の数が増えてくると、大学入試は入学者数を定員以下に抑える役割を果たすわけですが、定員を下回った場合でも、その大学での教育についていけない、補習を受ける必要がある人はそもそも入学させるべきではないということです。

大学経営の観点からは、少子化で学生数が減っている状況では、できるだけ多くの学生を入学させたいと思いますし、退学が増えたら経営が成り立たなくなるという事情があることは、理解できます。しかし、大学の授業についていけない学生に、大学自体が補習をするのは、間違っています。

このことも含めて、根本的に見直す必要があるのは大学入試だと思います。一般的な学力での判定に加えて、入学後の授業で必要とされる知識を持っているかどうかという視点を含めると、入試は大きく変わるでしょう。たとえば、機械工学を学ぶためには、同じ理科であっても、生物でも化学でもなく、物理の知識のほうが必要です。それならば、物理を必須にした方が良いと考えられます。逆に、理系でも数学 III レベルの数学が必要でない学科もあります。その学科では、数学 III を入試からはずしたほうが、良いかもしれません。

現在の大学入試は、漠然と「できるだけ優秀な学生」を合格させるようになっていますが、そうではなく、本当に大学で学ぶ学問に適性があったり、興味があったりする学生を入学させるような仕組みを作れば、良いように思います。AO 入試も、おそらくそういう目的で作られたと思いますが、AO 入試のような一部の学生のためだけの仕組みではなく、入試全体を見直さなければ、教育全体を見直す事につながりません。いろいろ教育を改革しようとしても、最終的には大学入試がゴールであり、大学入試が変わらない限り、自ずと限界があるように感じています。

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