オルタナティブ・ブログ > Alternative 笑門来福 >

ソフトウェアは私たちに幸福をもたらすことができるのか

「有価証券の引受け等に関する規則」の改正案に反対します

»

 今月10日、日本証券業協会から『新規公開前に行われる不適切な自己募集を規制するための「有価証券の引受け等に関する規則」等の一部改正について(案)』という文書が公開されました。

http://www.jsda.or.jp/html/oshirase/public/10061001.pdf

 私は、この文書のことを磯崎哲也さんツイートで知ったのですが、こんな大事なことが巷の話題にもならずに、すぐに施行されようとしていることに愕然とし、それからツイッターを通じて多くの方に、この改正(「改正」という文言も気に入りませんが)が大きな問題を孕んでいることを訴えました。(これこれ、など)

 何が問題なのか?まず、「改正案」を見ていきましょう。第1ページの「趣旨」から、この「改正」が、未公開株による詐欺被害を防止しようということが目的であることがわかります。しかし、問題はその対策の内容です。同じ「趣旨」の項はこう締めくくられています。

未上場会社が上場前に個人投資家を対象に勧誘行為を行っていた場合には上場できないことを明らかにするため、「有価証券の引受け等に関する規則」及び同細則の一部改正を行うこととする。

 この文章を読んで、一瞬目を疑いました。VCや事業会社からの投資を受けることが、厳しい昨今、ベンチャー企業のスタートアップ時の強力な支援者は個人投資家です。いわゆる「エンジェル」ですが、この道をも閉ざそうというのです。

 事実、インフォテリアも10名を超えるエンジェル(個人投資家)の方々に投資いただいたことが、以降のVCや機関投資家からの投資の成功につながっています。

 さて、「改正案」の具体的な内容は、以下の通りです。

  1.  「有価証券の引受け等に関する規則」の一部改正について 未上場会社が上場前に自己の株券等について個人投資家に対し募集等を行っていた 場合には、原則として、当該未上場会社の新規上場時の株券の募集又は売出しの引受けを禁止する。 (第3条の2)
  2. 「『有価証券の引受け等に関する規則』に関する細則」の一部改正について 適正な資本政策目的で行われたと考えられる株券等の募集等について、引受け禁止 の適用除外として規定する。 (第2条)

 そして、その「適用除外」の規定(第2条)の具体的な内容は以下の通りです。

  1. 株券、新株予約権証券、新株予約権付社債券及び社債券の募集につき有価証券届出書を提出していたとき。
  2. 株券、新株予約権証券、新株予約権付社債券及び社債券を発行した時点において発行者が有価証券報告書を提出していたとき。
  3. 株券、新株予約権証券、新株予約権付社債券及び社債券について発行者の株主、役員及びその親族並びに従業員及びその親族に対してのみ募集又は私募を行っていたとき。
  4. その他本協会が第1号から第3号に準ずると認めたとき。

 今回、私がこの事をツイッターで問題にした時に、「有価証券届出書か、有価証券報告書を出すか、親族ならOKだから問題ないのでは?」という意見をいくつも頂きました。想像するに、証券業協会でもそう考えて、今回の変更案を出されているのではないでしょうか。しかし、そういう方はベンチャーの資金調達の現場をご存じないのではないかと思います。

 12年前、インフォテリアは米国型で、融資に一切頼らず投資のみで資金調達をするという決意で会社を始めました。しかし、VCには出資を断られ、親族も裕福では無いなか、唯一インフォテリアに投資していただいた方は、10数名の個人のエンジェルの方々でした。

 今回の案では、親族以外の個人への勧誘が問題とされていますが、私はまさに20ページ弱の事業計画書を携えて、30人を超える個人に、事業計画を説明し、応援してもらえないかとお願いして回りました。結果として、10数名の方からの出資を得られ、数千万の増資ができました。また、このことから信用が増し、その後VCの出資も受けられることになりました。インフォテリアはこのような生い立ちですから、もし上場が今日まで遅れていたら、「過去に個人投資家を勧誘し、しかも有価証券届出書も有価証券報告書も出していない、上場できない会社」ということになるのです。

 問題点を整理してみましょう。

(1)原則禁止で例外規定で救済ということ

 私が根本的な問題だと感じるのは、エンジェル投資を「原則禁止」した上で、細則の例外規定で「救済」していることです。エンジェル投資は、米国の例を見てもベンチャー設立を促進する重要な社会インフラの一つであって、絶対に「原則禁止」されてはいけないと考えています。この方法は、例えば、本則で、「車の運転は原則禁止」と定め、細則で、「飲酒してない場合は除く」と定めるようなものです。法や規定では、それが定められた趣旨や精神も極めて重要です。実際、今回の「趣旨」に「未上場会社が上場前に個人投資家を対象に勧誘行為を行っていた場合には上場できないことを明らかにする」と謳っていることは大きな問題です。

(2)過去に個人投資家勧誘をした会社は上場できないこと

 今回の案には、過去に今回の規制にひっかかることを行った会社に対する例外規定が設けられていません。ですから、当社のように、これまでの歴史の中で個人投資家を勧誘し資金調達した会社は、「上場できない会社」となってしまいます。インフォテリアも、もし上場が遅れ、今も未上場会社だったとしたら、もう上場の道は閉ざされてしまいます。

(3)創業時期の負担が大きすぎること

 ツイッターでの反応の中に、「有届(有価証券届出書)、有報(有価証券報告書)を出せばOKなので問題ない」という意見がありました。しかし、金融庁への有届、有報は、設立したばかりの会社が、その社員だけで書いて提出できるようなものではありません。高いお金を払って専門家を雇わなければ提出は困難です。お金がないから資金調達しようというのに、しかも多額の投資が見込めない設立時期において、さらに資金調達コストが上がってしまうのです。

(4)施行が性急すぎること

 この「改正案」は、7月1日にパブリックコメントの受付を締め切り、7月20日は施行の予定となっています。こんなに重要な変更であるにもかかわらず、パブリックコメントの締め切りから施行まで19日間しかありません。これでは、十分にパブリックコメントを検討し、改訂し、レビューする時間はありません。ツイッターでも「パブリックコメントはポーズ」という指摘がありましたが、まさにそう受け取られてみ仕方がないでしょう。多くのパブリックコメントが寄せられるでしょうから、ぜひ真剣に再度検討をしていただきたいものです。

(5)日本の起業環境を悪化させ国益を損ねること

 OECD各国に比べて起業の少なさ、起業意向の低さは問題となっています。例えば、リクルート社の大学生調査でも、「大企業に入って定年まで勤めたい」という人が圧倒的多数となっています。このような環境の中で、個人からの資金調達を、個人投資家の未公開企業への投資を制限してしまえば、人々の起業への意欲を削いでしまいます。また、未公開企業への個人の投資を原則禁止するというスタンスから、社会において、個人から投資を募ること自体が「悪いこと」と見なされかねません。このようなことから、今回の変更案は、個別の企業の問題に留まらず、日本全体の社会での起業を減らし、国益を損ねかねないものであると考えます。



 以上、私の今回の「改正案」に関する私の考えを述べ、また同様の内容でパブリックコメントを書きましたが、ぜひ皆さんにも、それぞれの考えでパブリックコメントを送っていただきたいと思います。(パブリックコメントの送り方については、こちら

 今回の「改正案」は、未上場企業株による詐欺の多発を背景としています。これが問題であることは私も同意です。しかし、その対策が一方的に上場を目指す未公開企業の負担や足かせになってはいけないと強く思います。未公開企業が上場できる確率はわずかです。個人で投資する場合、絶対に「儲かるから」で投資してはならず、まず「応援したいから」であるべきです。また、今回の「改正案」では、届出や報告をすることで逆にお墨付きをあたえることになりかねず、上場を目指すベンチャー企業の負担は確実に増やしますが、一方で未公開株詐欺の根絶にはつながらないと考えます。

 いま、日本社会には「新しい活力」がもっともっと必要です。すでにベンチャー起業にとって厳しい環境ではありますが、それでも数は少ないながら起業しようとする人はまだいます。その貴重な起業への志、そしてそれを応援したい人達の思いに冷や水をかけるような、今回の「改正案」には断固反対します。

[追記:2010/06/25] パブリックコメントの送り方についての記述を追加。

Comment(13)