もしジャムおじさんのパン工場がシステムの依頼企業だったら
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みなさんはアンパンマンというアニメを知っているだろうか?
3歳児がマウスでも書けるような単純な顔をしたキャラが、予定調和な活躍をする例のあれである。
私の世代では、子供の頃リアルタイムに見ている人は居ないと思うが、今の20代では「子供の頃見ていた」という人が居て驚く。そして、私ももうここ7~8年見続けている。かなりのフリークと言っていいだろう。
あの話は未就学児向けに設定されているので、ストーリーは極めて単純でワンパターンだ。
- まず今日のチョイキャラが登場
- どうでもいい小話を挟みつつ、必ず美味しい食べ物を運ぶことになる
- 頃合いでアンパンマンが意気揚々とパトロールに出かける
- バイキンマンとドキンちゃんというアベックが、チョイキャラに食料強盗を仕掛ける
- チョイキャラの悲鳴を聞いてアンパンマン現場急行
- アンパンチは威力が強すぎるので、とりあえずアンキック
- また出たなー、お邪魔虫ー!と言われる。言い回しがどこか昭和的
- バイキンマンに顔に泥水等をかけられ、アンパンマンは力が出なくなる
- へなへなになってチョイキャラに「ジャムおじさんに伝えてぇ」と乞う
- チョイキャラが命からがらジャムおじさんの住むパン工場に伝えに行く(あるいは無茶苦茶なプロトコルによって伝達する)
- ジャムおじさんが事実婚のバタコさんと一緒に替えの顔を焼き、アンパンマン号という不細工な戦車で出動
- ミツバチよりも正確に現場に到着
- アンパンマンに向けて替えの顔を発射、命中して顔がリプレースされる
- 最早、もったいつける必要はないので速やかにアンパンチを繰り出しバイキンマン撃退
- ドキンちゃんはバイキンマンを追って撤収する
亜種はあるものの、ほぼ9割がこのパターンだ。
さて、前置きが長くなったが、今日はこのパン工場がシステム開発の依頼企業だったらどのようなことが起きるかを考えたい。
ちなみに、さきほど挙げたアンパンマンのオーソドックスなパターンを今初めて知ったと言う人は、この先読まれない方がいい。ちょっとマニアック過ぎて苦痛だと思う。
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まず、システムの改善を訴えるのは、たいてい合理主義的フリーライダーのしょくぱんまんあたりだ。いつもアンパンマンに仕事が偏っていてかわいそうだとジャムおじんさんに上申する。
「今の業務には不合理なところがたくさんありますよ。私は気付いてます。どうです、私、仕事できるでしょう?」
というアピールだ。
ジャムおじさんは、(そんなお金は無いよ~)と思いながらも、もしそれによって業務が改善されるのであれば長期的には得かもしれないと思ってシステムの開発会社を探す。
ググってもよく分からないので、パン工場兼警備会社を経営する同業の社長から紹介してもらったP社のS氏を呼ぶ。
ジャムおじさんはバタコさんと一緒に、今の状況をとうとうと説明する。
一番の問題は「いつもアンパンマンがピンチになってからの対応がギリギリすぎる」こと。もし対応が間に合わなければ、大きな信頼ダウンになってしまうし、万一アンパンマンが潰されてしまうと、翌日から会社の業務がまったく回らなくなってしまう、と。
そして、状況説明の後にこう締めくくる。
「ということでね、Sさん。この状況を改善したいんだけど、私はアンパンマン号のスペックアップか、窯(かま)の増設がよい気がするんだがねえ」
ちなみに声はマスオさんと同じ増岡弘さんだ。やさしく、どこか頼りない感じの口調である。
バタコさんは「うんうん」と貼りついたような困り顔でうなづいている。
S氏は、ちょっと考えてこう言う。
「そうでしょうか?本質的には、まずアンパンマンさんが食料の配給業務と警備業務を兼任していることが問題ではないでしょうか?」
「えぇ?というと?」驚いてジャムおじさんが聞く。
「警備業務は確かに腕力的にアンパンマンさんが最も向いているようです。しかし食料の配給業務は、口だけ達者でほとんど仕事をしていないしょくぱんまんさんがやってはどうでしょう?」
遠くで聞いていたしょくぱんまんも驚く。
「わ、私は適任じゃないと思います。私はドキンちゃんのストーキング行為に常に晒されているんですよ。とても外を出歩くことなんてできません。第一、アンパンマンの気持ち悪い顔を持って歩いて、ちぎって子どもたちに渡すなんてとても無理です。」
「そうだよねー、うんうん」
と、ジャムおじさんが庇う。
「なるほど、そうなんですね。それじゃ、研修中のようですが、なかなか成長が見られないメロンパンナさんやクリームパンダさんはどうでしょう?今、庭で遊んでるようですけど。アンパンマンさんの顔はあらかじめ切り刻んで配ったら持ちやすいし、外国人からカニバリズムとか言われなくてよいと思います。」
「うーん。。」
ジャムおじさんはしばらく考え込む。
「いやね、Sさん。そうなると配給用のパンはアンパンマンがピンチの時に作るパンの他に常に作って持たせる必要があるよねえ。そのコストがねえ。あと、あの二人は12歳以下だからねえ。労基法的にどうなのか。」
ジャムおじさんは小さなため息を挟み、さらに続ける。
「それとー、アンパンマンは警備専門となって常に綺麗な顔でバイキンマンと戦うことになるねえ。これは経費的にちょっとロスだね。少しはみんなに食べさせてからバイキンマンに出会い、汚れさせられる、、というのがね、一つの経費削減になっているんだよ。バイキンマンは1日1回、パトロールの後半でしか出てこないからね。」
S氏は、今の内容を丁寧にノートに書き留める。
「なるほどー。深いですね。人員を増やして、業務フローを変えて、みなさんが働きやすくなっても大きく経費が増えては意味がありませんね。コンプライアンス的にも問題あり、と。では、システムの方に手を入れていきましょうか。」
それまで口を開いていなかったバタコさんが口を挟む。
「私は窯を2つに増やしたらいいと思うわー。そうすれば片方でパンを焼きながらもう片方のお掃除ができるもの。」
「そうですねー。いや、でも私がポイントだと思うのは、まずアンパンマンさんが顔を汚されてからの通信手段の脆弱さですね。これ、毎回、どなたかポッと出のキャラクターの方にやっていただいているようですが、パン工場の場所が分からないこともありますよね。そういう通信役をしていただけるキャラが周りに一人も居ないかもしれない。あるいはそもそもジャムおじさんもバタコさんも買い物に出ていて不在かもしれない。これはかなり危険です。」
バタコさんの顔が曇る。
「なので、まずはアンパンマンさんにGPS機能付き携帯を持たせるのがよいと思います。ココセコムなんかが一番いいんじゃないでしょうか。これは徘徊癖のある認知症の老人などに持たせることもあるようですよ。」
「もしかして、それはこれかい?」
ジャムおじさんがポケットから取り出す。
「バタコからもらったんだけど...」
「あー、あー、それは、ほら、ジャムおじさんも携帯あった方がいいって思ったから。機種は、、ちょ、ちょっと間違えちゃったのよねー」
「ク、クーン」
チーズも額に汗しながら必死で擁護する。
バタコさんがS氏に強い口調で言う。
「わ、私はGPSで居場所を調べることには反対だわ。そんなの、人権的におかしいと思うの。アンパンマンにも知られたくないことってあるでしょうし。」
「なるほどー、それでは、アンパンマンさんにあらかじめスペアの顔を持って歩いてもらうのはどうでしょう?ビニールに入れて、濡れないようにして。」
「ス、スペアの顔ですって!」
バタコさんが血相を変える。
「そ、そ、そんなの駄目よ。駄目、駄目、駄目!」
S氏はバタコさんが何を慌てているか分からないが、ジャムおじさんはすぐにその真意に気付く。
「いや、バタコ。アンパンマンがスペアを持ち歩くようになって、アンパンマン号の出動が減っても、バタコの仕事は無くならないよ。掃除とか洗濯とかあるわけだから。」
「い、いや、私はなにもそんなこと、、、」
「それよりもまあ、スペアねえ。アンパンマンが何て言うかな。みんな業務フローを変えるのは嫌がるからねー。」
「わかります」
「でも、それなら追加の経費もさほどかからないし、アンパンマンにはこれまで通り適度に顔を食べさせてからバイキンマンに汚されるという流れで行けるし、アンパンマン号のガス代も浮くし、いいかもしれないねぇ」
「と、思いますね、私も」
「でも、ちょっとお聞きしたいんだけど、こんな提案じゃ、お宅の売上げが発生しないじゃないの?Sさんは、それでいいの?」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。システムを導入しなくてもよいお客さんに、無理やり導入していただいてもいい関係は続きませんから。アンパンマンさんがスペアの顔を持ち歩く業務改善をまずしてみて、まだアンパンマン号や窯のスペック不足があるようでしたら、またいつでもご連絡ください。」
遠くで聞いていたしょくぱんまんの舌打ちが聞こえる。
「そう、わかった。また連絡するよ。ありがとう、Sさん。」
「ジャムおじさん、私はドトールでパートとか、いやよ」
「クーン」
一月後、ジャムおじさんのパン工場の近くを通りがかったS氏は、手ぶらでパトロールにでかけるアンパンマンを、バタコさんとチーズが笑顔で送り出すところを見かけた。
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