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もしも洞察力があったなら……。

第41回バレンタインデー(その心構え:男子編)

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個人的に1977年に始まったバレンタインデー。今年で第41回を迎えます。

初回はカリフォルニア州デイリーシティという小さな町の小学校にその日登校すると、何やら女子男子入り混じって封筒を配り歩いていました。仲の良い男子と女子からもらったそれには小さなメッセージカードと、ハート形のハッカ味のする小さなキャンデーが数粒入っていました。メッセージは確か「これからも仲良くしてね」というものだったかな。

そうか。バレンタインデーには友達同士でキャンデーを交換する日なんだ。と学んだのです。以降、1981年に帰国するまで、みなと同じように仲の良い友人にカードとキャンデーを渡すようにしていました。

1982年、帰国後初のバレンタインデーでは様子が少し違うことに気が付きました。

なにやら女子が男子にチョコをあげながら告白をする日らしい。

ほうほう。ところ変われば習慣も変わる。なるほど。

その年はもらった記憶がありません。

1983年、中学二年のころ香港に行き体験した翌年のバレンタインデーはドキドキの連続でした。いくつかのチョコやらお菓子をいただいてすっかり有頂天になっていた覚えがあります。ホワイトデーというのが習慣づいておらず、お返しはちゃんとしなかった気がします。すみませんでした。反省しています。

受験を経て高校入学の3年間は男子校でした。バレンタインなど無縁です。バンド活動に専念して硬派を貫いていました。でも、卒業間際のその日に近隣女子高の方からいただいた時には大分軟派になっていたような気もします。

大学生時代は何もなかった年こそなかったように思いますが、この頃、世の中には義理チョコというものがあるのだなぁ、と認識をしました。なので、いただいたチョコの大半は音楽サークルでの義理チョコだったような気がします。ブラックサンダーではありませんでしたが、ゴディバでもありませんでしたので。

大人になって数年、ほとんどいただくことがなくなりました。一番少なかった年は1つ。しかも一人暮らしをしていた時に通っていたクリーニング屋のおば様からシャツを引き取りついでにいただいたものでした。さしづめこれは義理チョコより下位にあたる、営業チョコ、あるいはプロモチョコといった具合でしょうか。

バレンタインのこうしたやり取りで、もちろんお菓子などをいただいたらとてもうれしいものですが、一喜一憂するのもかなり疲れるので、別になくても憂いたりしないように努めていた気がします。これ、男子の大事な心構えね。

初バレンタインから41年。いろいろお気遣いをくださる方々にはとても感謝しています。

世間では義理チョコはやめたらどうよという議論が最近勃発していたようですが、ゴディバとはいいません。ブラックサンダーいや、チロルチョコ1個でも単細胞な男たちは「1個もらった!ゼロじゃなかった!」と喜ぶものです。

そして、たとえそれがチロルチョコ1個だったとしても、いただいた方にはきちんと1か月以内に(できれば何倍かにして)お返しをするのがマナーだと思います。だって、もともとは友愛のしるしを男女関係なく交換する日なんだもの。もらいっぱなしって、よくないものね。

節度をもって今日この日を楽しむのがよいのだと思いました。

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