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もしも洞察力があったなら……。

誰かを私淑する、という美徳

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私淑(ししゅく)とは、誰かを密かに師と仰ぎ、尊敬し、学ぶこと。また、実態としての上下関係や因果関係を必要としないことです。

みなさんには、私淑する誰かはいますか?仕事上のリーダーでもいいし、親でも、先輩でも、プロ野球の選手でもかまいません。そして、その彼らの何を尊敬し、そして学んでいるのでしょうか。

仕事上の上司が私淑する人そのものならば、こんなに楽なことをはありません。ただひたすらその人についていって、学びきればよいのです。しかし、組織上の上司がそうでない場合は、己の成長のために何をしたらよいでしょうか。

ぜひ私淑する人を探してください。自分にとってxxを学べるxx氏を心の師としています、などと仲間と共有してみましょう。なぜその人を私淑するのかという考え方を通じて、もっと自分を知ってもらうよいきっかけになるからです。

私が私淑する人?何人かいますが、筆頭は(口幅ったい)ですが、ラリー・エリソン氏です。IT業界のパラダイムシフトの先端にいる彼を見ていると、まるで自分も歴史の目撃者として、タイムマシンの一番先頭に乗っているような気分になるからです。時代の初めての目撃者になる、これはもう、興奮しますね。

もう一人は、とある料理屋の社長さん。この方には、頭が上がらないほど様々なことでお世話になっています。生き方もダイナミックで、しかし、情に熱い。IQとEQを兼ね備えた人です。

三人目は、私の親友。高校時代からの付き合いなので、かれこれ25年ほどの関係ですが、頭脳明晰、運動神経抜群、歌も楽器も漫才もすべてこなす・・・まぁ、なんでもできるスーパーマンです。彼は、幼少のころから義足をつけていますが、周囲はそのことを思い出すのが困難なほど。同年代として、マルチな才能を私淑するわけです。

知識を身につけるよりも、知恵を学べ、と先達は言います。机に向かって知識を身につけることはとても重要ですが、生きていく上でもっと大切なのは、工夫して、もっとよい知恵を身につけることだと考えています。実体験を養わないまま、この恐ろしい世界についての知識を身につけるばかりでは、世界に飛び出す勇気は持てなくなってしまうのではないか、と危惧しています。

最近は、世界大学ランキング等が取りざたされていますが、日本の大学が上位に来ることはありません。(例えばこれでは東大が24位)世界に冠たる大学では、インプットとアウトプットを様々なコミュニケーションヴィークルを使って連日激しく行われます。その筆頭が、授業での議論です。日本の大学教育が根本的に間違っているとは必ずしも思いません。しかし、時代が変わってきたのです。

日本の世界的な評価が高く、求心力を保っていたときには、それでよかったと思います。ネットの力か、交通機関の発達のおかげか、世界は毎日小さくなっています。小さくなった地球では、日本だけのこととして考えられることも少なくなってきました。グローバル社会で生き抜くためには、私たち自身が世界から学ぶべきことを学ばなければならないのだと。

今こそ日本が私淑すべきは世界なのだと思いますが、いかがでしょうか。

Comment(2)

コメント

ある特定分野においては、いるかな。人としてとか、仕事とか大きなくくりだとちょっと見当たらないかな。そういう人をきちんと見つけられるのも、個人の能力かもしれませんね。

NewTama

Tanikawaさん。極論かもしれませんが、私淑する人がいれば、成長はたやすいと思うこと多々です。いなくても成長できる方は相応の自律と自立ができているのだと最近つとに思います。

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