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もしも洞察力があったなら……。

88歳の元英語教師が憂う未来。奇跡の生還は「私にはまだすることがある!」という意思だった。

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30年前、私が住んでいたサンフランシスコ隣町のデイリーシティにて、たまたま近所で英語を教えていたWalshさんと再会した。ご主人は5年ほど前に他界してしまったのだが、ミセス・ウォルシュはすこぶる元気だった。
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突然アポなしの訪問だったし、ヒゲを伸ばした私は見覚えがないらしく、一瞬不審者扱いをされたが、「私です、私!タケオです!」と懸命に名乗って理解してもらうと、熱い抱擁「ビッグ・ハグ」をしてくれた。この再会はかなりあわただしかったので、別途帰国前に、ディナーに招かれることになった。当日、再訪すると、その晩餐で出てきたのは、母がかつて彼女に教わったというラザニア。一口味わうと、日本で時折食べるそれと全く同じ味。まさに、お袋の味だった。
Dinnerplate

それはさておき、ミセス・ウォルシュは、私が突然訪問したからいいようなものの、事前にアポイントを取ろうとしてたらとてもじゃないけど会えなかった、と告白を始めたのだ。今年88歳になった彼女は、足腰を痛め、夏には手術を終えたばかり。また、心臓も患っていて、ちょうど訪問の前週には倒れて救急車で運ばれて治療を受けていたとのこと。

*ちなみに米国の救急車は有料だそうで、日本のようにタクシー代わりに使われることはないそうです。

救急車で運ばれた彼女は心臓の弁に異常があり、「I was at the critical condition.」(危篤)だったとか。ほぼ意識がない状況で彼女は「こんなところで死ねないわ。私にはあれとこれとそれと、やらなければならないことがまだあるの。まだその時ではないの!」と自らを奮い立たせて、活力を戻したそうだ。

医学的に詳しいことを私は分からないが、意思の力と言うのは生死をも分かつのだということを彼女は実体験したのだ。

今日、ミセス・ウォルシュは、弁の異常を治す手術を受けるかどうかの岐路に立たされている。かかりつけの医者曰く;

「このまま放置していては危険だ。しかし、手術するのは大きなリスクを伴う。」

それを聞き、この後どうするのか、その判断を彼女はまだしていない。
しかし、彼女は言いのけた。「私に残された時間は少ない。覚悟はもうできてるの。Jack(夫)だって待っている。だからやり残したことをやり遂げたなら、それでいいと思っているのよ。」

この覚悟は、その年齢だからできるのだろうか。いやきっと、見た目だけなら70歳でも行けると思う。声色も、表情も明るい。そして、インテリ気質らしく、会話にもよどみなく、筋が通っている。私は始終質問攻めだったが、こちらから聞き返すと、溢れるように経験や知識と洞察が飛び出してくる。特に今の米国が抱える問題とそれに取り組む現政権の話題には至極感動を覚えたほどだ。庶民とは何か、デモクラシーとは何かについて、滔々と語るのである。その大半は、アメリカの未来を憂うものであった。中でも、広がる経済格差については厳しい議論になった。アメリカでは、富める者が富み、極端に貧しいものは救いの手を差し伸べられる。しかしその中間の層は、その地位を失い、搾取されるだけだ。しかも一度地位を失ったら、よほどのことがない限り這い上がるのが難しい。富の効果的な分配に大統領は具体的な施策を打つべきだ、等など。88歳、元気じゃないか。

さて、食事中に行なった彼女の親友・Masukoとの電話越しの会話では「日本から会いに来るなら、早くして!」とまるで終末がすぐそこに迫っているような口ぶりだった。

ある日訪れるかもしれないその日その時まで、激動のアメリカを全力で生き抜くシチズンの姿がそこにあった。


私は、日本の家族にあてた写真とビデオメッセージを撮り終わると、再び「ビッグ・ハグ」を交わしてその家を後にしたのだった。


YouTube: Message From Alice to Masuko

Masuko=私の母

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