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人間の死とソーシャルメディア

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人間の死とソーシャルメディア、インターネットの関連について、最近気になることが公私において多い。
深耕は別の機会に譲るとして、まずは簡単に項目だし程度に整理をしてみたい。

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『人間の死とソーシャルメディア』

1) 亡くなった方のインターネット上に残されたコンテンツ

最近、相次いで同世代の友人が亡くなった。 長い間、音信不通だった友人もいたのだが、Facebookで再び繋がり何度かやりとりをしていた最中に彼は急死した。 彼の死を悼むお別れの会がリアルで開催されたが、彼のFacebookアカウントと彼のHPは生前のまま残されている。 彼と遠からず近からずの知人には、Facebookにログインする度に、”友達かも” と彼と友達になるように勧める表示が彼の写真と共に表示されている。 亡くなった方のインターネット上に残されたコンテンツに関しての扱い、特に消去すべきもの、メモリアルとして残したいものを誰がどのように整理し、管理していくのがいいのだろうか?

2) インターネットで人を殺せるか

韓国の芸能人がインターネット上の誹謗中傷で自殺に追い込まれた事件は記憶に新しい。 学校裏サイトによる若者の自殺未遂も後を絶たない。 インターネットが、特定の個人を誹謗中傷し、攻撃し、追い詰め、死に至らせる。 もともとのリアルな世界でも少なからずあったことが、インターネットの手軽さと集団心理の増幅作用によって、人を追い詰めるケースが多いように思う。

3) インターネット遺書、ダイイングメッセージ

手軽に情報発信できるネットを使った遺書やダイイングメッセージ。 実例は思い当たらないが、最近のドラマではよく見かける。 家政婦のミタの自殺したお母さんが娘にあてた『ごめんね』という携帯メールなどは、その真意もはかり知れず、残された家族を悩ませることとなりそう。

4) 自殺願望者のネット書き込み

自殺を考えている人がインターネット、ソーシャルメディアに自身の悩みを書き込むことも少なくないようである。 リアルで面識のない人の自殺メッセージを見つけた時、どのように対応すればよいのだろうか?

5) うつ患者およびうつ予備軍

自殺願望までいかないうつ患者およびうつ予備軍は、特に自身の悩みをソーシャルメディアに書きこむことが多いように思う。 それは、悩みを共感してくれる人を探しているからなのかも知れない。 『欝は励ますな』 というのが、うつ患者対応の鉄則。 ソーシャルメディアに悩みを書いている人に対して、適切な対応ができているだろうか? 気軽なコメント、返信は、うつ、特に自殺率の高い早期のうつ患者を死に向かわせているかも知れない。

6) インターネット上だけの付き合いの多くの人々

リアルに面識のないネット上だけの付き合いが増えてきている。 特徴のひとつとして、覚え切れないほどの人々と繋がることが少なくない。 ツイッターのフォロワー 1万人とか、Facebookの友達500人など。 それだけ多くの実際には面識の無い人々との付き合いは、例えは悪いかもしれないが、数十匹のメダカを飼っているような感覚となってしまっていないだろうか? 

7) 悩み相談メールに対する返信

昔、直接会っては言えないことも電話でならば言える、というのがあったが、現在は電話で言えないこともメールでならば言えることが少なくない。 そんな悩み事の相談メールを受け取った時の対応も難しい。 当たり障りのない返信をするか、メール配信の不確実性を理由にして届いてないことにしてしまうか。。 しかし、相談メールを出した本人にとっては、返信が来ない=無視された=見捨てられた=自分はやはり社会にとって不必要な人間なんだ、と自殺に向かうネガティブスパイラルに向かわせてしまう可能性もありそうだ。 メールを無視することも、彼らにメッセージを送ってしまっていることを認識すべきかも知れない。

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以上、タブーな領域に足を踏み入れているような気もするが、大事なこと、目をそむけてはいけないことのように思え、もう少し考えてみたいと思っている。

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