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ライフワークとしての音楽を考えていきます

良いチームは存在感がないのにいなくなると存在感のある人がいる

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良い企業にうかがうと、何もしていないように見えて、この人がいるだけで全体の空気感が安定するという人がいます。

女性社員さんから「Aさん、これやってくれる!」と雑用をお願いされ、どんなに忙しくても自然体で「は〜い」と言って引き受けている。皆があくせく仕事をしているときでも、何気なく歩き回って、気がつかないうちに、こぼれた仕事をサポートしている。見ていると、それは「何もしていないようでいて大事なことをしている」のです。そんな人がチームにいるだけで、そのチームは上手くいきます。のびている会社にうかがうと、たいていそういう「リーダー」がいらっしゃるのです。

「何もしていないようでいて、やっている。」そして、「すぐれたリーダーは存在感を消している。」

と私は感じています。

一見、簡単なようでいて、とても難しいことだと思います。

それは「モーツァルトは難しい」ことに似ています。

音はシンプルで、技術的には子供でも弾けるようなものなのにモーツァルトは弾きにくい。。

子供時代は「モーツァルトばっかりじゃなくて、早くショパンとか弾けるようになりたい」と言っていたのに、今や、ショパンやリストやラフマニノフよりモーツァルトのほうが難しく感じます。
譜面を読み始めると一見簡単なのですが、弾けば弾くほど「なぜこんな簡単なパッセージが弾けないのか」と、悩ましくなります。

2014年4月16日の日本経済新聞「こころの玉手箱」ジャズピアニストの小曽根真さんの記事に、モーツァルトの難しさが書かれていました。

     ・・・・・(以下引用)・・・・・

クラシックとジャズとでは演奏のスタイルも方法論もまるで違う。たとえば楽譜に八分音符が並んでいても、ジャズでは均等には弾かず、即興でリズムにバリエーションを持たせる。セッションの流れで自由にアレンジするのが醍醐味だ。だがモーツァルトでそれは不可能。ジャズ流でぶった切ろうと思っても、一音一音が厳密に構築された曲は、一つでも音を足すと安っぽくなる。

     ・・・・・(以上引用)・・・・・

よく、技巧派だったピアニストが、巨匠と呼ばれるようになるとモーツァルトをよく弾くようになります。
それは、年を取って技術が衰えたからではなく、シンプルな中に深みを表現できるようになったからなのです。
画家でいうと、スッと引いた一本の線に恐ろしいほどに味わい深い表現ができるようになるというのと同じです。

何もやっていないようでいて、じつは深いことをやっている。
動いていないのにスキがない。
存在感がないのに、いなくなると存在感の大きさを感じる。

私は、仕事でも音楽でも、芸術と通じるのではないかと思っています。

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