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「お粗末な偽装」になぜ気付かなくなってしまうのか?

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本物とは何か?

食品偽装、作曲偽装などが社会を賑わせていますが、本物とは何かを考えさせられます。

2014年3月3日から日本経済新聞「人間発見」にて作曲家、一柳慧さんの連載が始まりました。

一柳さんが今回の「聴力を失った作曲家」騒動について語っておられました。

     ・・・・・(以下引用)・・・・・

あの問題は、内容そのものはお粗末ですね。多くの人が関わって、どうして別の人の作だと気付かなかったのでしょう。音楽は専門的な用語がかなりあります。作品を演奏する場では頻繁に技術的なやりとりが行われます。少しでも質問していれば、その回答から見抜けたでしょう。音楽をどのように聴くかは、もちろん個人の自由です。でも作曲家としては、できれば音そのものを聴いてもらいたい。音は言葉なんです。作曲家の言葉に耳を澄ませてほしい。音の実体を聴いてほしい。音以外の、装飾的な要素ばかりに目が向けられたのが、今回の騒動だと思います。

     ・・・・・(以上引用)・・・・・


世の中には、売れていないけれども素晴らしい作品はたくさん残されています。
しかし、そのすべてがヒットするわけではありません。顧客が選び、世間で広まるものはまた別物というように感じています。
今回は特に、NHKが特集されていましたが、「ハンディを乗り越える」という感動のストーリーも、人の心を揺さぶるものであったと思います。
作品に関わった方々には、それぞれの深い真実があると思いますし、私は何か言えるような立場ではありません。
しかし、今回のことが、ただでさえ敷居が高いと思われている「クラシックはやっぱり」とならないように、微力でも良い物を分かりやすくお伝えしていくことを継続していかなくてはと思わされました。

それでは、本物を感じるにはどうすればいいのか?

私は、自分の感性を信じることだと思います。

周囲の言葉は参考程度にし、まずは一柳さんの言うように「音そのものを聴いてもらいたい。耳を澄ませてほしい。音の実体を聴いてほしい」なのです。

そこで、「これは良い」と思うか「自分には合わない」と思うか。それぞれの本物があっていい。

先日、ご縁をいただき、身分不相応と思うほどの素晴らしいレストランに連れて行っていただきました。現代、最先端のフレンチの技術を積極的に取り入れ、新しいアイデアにもチャレンジしている。しかし、伝統や古典的な要素も失わない。バランス、リズム感も冴えに冴えている。味、とりわけサービスは最高級だったと思います。一口食べれば「泣く子も黙る」ほどの本物。
夢のような時間。そして心からの満足をいただき、ご案内くださった方には感謝しています。

しかし、そのときふと感じたのは「いつも行くレストランのシェフも負けてないかも」でした。小さな店ですし、ミシュランの星はとってないけれど、こだわりの食材を昇華させた料理は一つ一つ記憶に残ります。

良心の仕事から生まれる「作品」を前に、その実体に耳を澄ます。

最近の騒動からそんな大切なことが失われつつあるように感じました。

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