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ライフワークとしての音楽を考えていきます

チームに出来る人が何人かいれば出来ない人はかき消されるから影響ないのだろうか

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オーケストラのリハーサル後、一人の指揮者と一人の管楽器奏者が二人で居残り練習している。

指揮者の大野和士さんが、「情熱大陸」というドキュメンタリーに出演されたとき、最も印象に残ったシーンです。

その管楽器奏者は、全体練習の中では、どうしても音楽に合ったが表現できていませんでした。そこで、彼一人だけのこってもらい、大野さんもつきあっての一対一のレッスンとなったのです。

大野さんは、今世界でも最も多忙なマエストロの一人。

管楽器奏者もプロなのですから、一言「やっておいて」でも済んだはずです。通常はそういうことが多いのです。
また、偉いマエストロが、威厳を保つために、気軽に一人の楽団員にレッスンをするのを避ける傾向もあります。
しかしそこに、大野さんの、貴重な時間を使ってでも良い音楽を作り上げようという執念を見ました。

そして、「人を活かす」というもっと大事なことを学びました。

大野さんは言います。

『いかに人を活かすか』
これなんですよ。
なぜかというと
指揮者自身が音を出しませんから。
表現者というよりも、表現を引き出す人っていう
ある意味では特殊な言い方が出来る職業かもしれませんね。

こだわりっていうか、自分のちっぽけな自我を
見せるというような欲求が自分の中にあるとしたら
それはね、ベートーベンに対して失礼です。

自分が合唱の指揮やレッスンをするときに、場合によって全体とは別枠の時間を使うことに労力を惜しまなくなったのは、この大野さんの姿勢をみてからです。

よく、こういう指揮者がいます。
「上手な人が数人いれば下手な人はかき消されてわからなくなるから影響ないよ。」
この言葉をきいて、私はずっとモヤモヤしてしていました。

本当のハーモニーづくりとは、一人一人がしっかり自分の役目をまっとうし、成長できる環境にあるべきではないのだろうか。
そうでなくては、良いハーモニーなどできるわけがないのです。それは聴いているお客さんに対し失礼です。そして、作曲家に失礼です。

良いハーモニーとは、「ああ、楽しかった」「気持ちよかった」ではなく「全体で目標に向かって密度の濃い時間をすごし一人一人が幸せになること」ではないかと思っています。

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