悲しいから涙が出るのか、それとも涙が出るから悲しくなるのか 声による自信と信頼の関係
韓流ドラマ「冬のソナタ」。
はまってしまい夢中になって観ました。
ドラマの中で流れるあの美しくも物悲しい音楽。
主題歌「最初から今まで」。
今聴いても、あの名場面が次々と頭の中でフラッシュバックされ、なんとも切ない感情がわき上がってきます。
何度もドラマを観ているうちに、この主題歌の旋律が流れはじめると、ストーリーとは関係なく感動に向かって心が準備をしていることに気がついていました。制作者の思うツボだとは分かってはいるのですが、そこには、喜んで感動を待ち受けている自分がいたのです。
気持ちの面でも同じです。例えば、最初は少しだけ泣いていたのに、なんだか泣いているうちにもっと悲しくなってしまうことがあります。
この現象を考えると、「悲しいから涙が出るのではなく、涙が出るから悲しい」と言われる所以が理解できるような気がします。
人は行動の後に感情が増幅されてついてくるということがあるのです。
「あの人いい人かも」と口に出して言ったとたん、次にその人に会うと、とても良い時間を過ごせることがあります。それは、口に出して行動したことが、自分の感情をさらに強いものにしたのだと感じます。
声も同じです。
私は、本当に人前で話すのが苦手で、今でも本番前は逃げて帰りたくなります。
しかし、あるときのプレゼンで、歌で使っていた横隔膜が使え、声がいきなり響きだした瞬間がありました。
その自分の声が聴こえてきたとき、感情も変わりました。
自信にあふれた自分がいて、言葉がスラスラと出てくる。
まるで自分じゃないように感じました。
内容があることはとても大事なことです。
でも、いくら良い内容を準備していたとしても、おどおどとしてしまい、声が通らなくて、伝わらなければもったいないことです。
その経験から、私は声のトレーニングの大事さに気がつきました。
人の印象は外見やしぐさ、表情、声、によって決まります。まずは「この人は信頼できる」と認識して、はじめて話しの内容に関心がいくのです。また声が良くなると、姿勢もよくなり、自信を持って話せるようになります。この自信が、相手に「信頼出来る人」という印象を抱かせます。そこから仕事や人生のご縁が広がることがあるのです。
まず行動し、物事を起こし、行動した自分がいつもの自分をリードする。
そうすることで、自分の可能性を発見することがあるのです。
そのための一つのヒントとして、自分なりの良い声に変えてみる。
行動の一歩から人生を切り拓くということは可能なのだと考えています。