映画「ピアノマニア」完璧主義者と職人の真剣勝負
ドキュメンタリー映画「ピアノマニア」。
ピアノの老舗ブランド、スタインウェイ社を代表する調律師、シュテファン・クニュップファーがこの映画の主人公です。
自分の楽器を持ち込めないピアニストにとって、演奏会を万全の状態で臨むため調律師の存在は欠かせません。調律師はいわば裏方であり、映画は裏舞台の物語です。
無理難題を言ってくるピアニストに対して、あるときは夜のホールで残業しながら、あるときは一音一音のために階段を駆け下りたり駆け上ったり。完璧主義者のピア二ストと職人の意地とプライドをかけた作品づくりが繰り広げられます。
現代音楽の演奏で有名な、ピエール=ロラン・エマールが、バッハのフーガの技法を録音するというので、その録音のためのピアノを執念で仕上げるあたりは見物です。
「エマールはこちらが言わなくても、私が何をしたかすぐに気がつく。」とシュテファンが恐れるほど楽器に究極の響きを追求してきます。
シュテファンの「今回は凝縮感のある音で?それとも、広がりのある音で?」という質問に対して、エマールは「両方だ」と答えます。
これに頭を抱えるシュテファン。
そして、ピアノの音は、すぐに減衰するのが特徴ですが、その音に「ビブラートがかかったように」などと言って持続性を求めるのです。
音の持続性に関しては、楽器の能力も必要です。
一般的に、スタインウェイの音はよく鳴るものですが、かなり個体差があり、同じスタインウェイのD型で型が同じであっても出る音は違うのです。そのため、シュテファンはエマールの求める音が出る楽器を手を尽くして用意し調律していきます。
弦にフェルトを挟んだり、ピアノに直接手作りの反響版をつけたり、音のために画期的なアイデアを試みるシュテファンですが、エマールにことごとく却下され落ち込むこともあります。でも「私の仕事は研究でもある」といってめげない。この仕事ぶりが見事だと思いました。
追いつめられてのエマールの録音当日。
「ギリギリの調律をしている。一つ崩れたらすべてが崩壊するほどだ」という調律師。対して、ピアニストもギリギリの領域で勝負してくる。
まさに真剣勝負の仕事、作品作り、人間の可能性への追求。
映画を見た後さわやかな風が吹き抜けるようでした。
印象的だったのは、シュテファンもそうですが、録音技師などの周囲のスタッフも全員ピアノのことがよくわかっている人たちばかりだったことです。例えば、録音技師一人とっても、楽譜を読めて、譜面をさしながら「今ファの音が高かった。ほらここ、この音」と言っている。技師でも絶対音感をしっかり持っているということです。そして「フーガの技法」などという難しい作品に対してもよく精通している。ここまでして一流と同じ立場で仕事ができて、一流の作品をつくることができるわけです。
上段者は上段者のことがみえる。
下段者は上段者のことがみえない。
またしてもこの映画でこの現実をつきつけられました。
おすすめの映画です。
ぜひご覧ください。