オルタナティブ・ブログ > 永井千佳の音楽ブログ >

ライフワークとしての音楽を考えていきます

その人がどういう人か知りたかったらエレベーターが閉まる直前の表情を見ればよい

»

その人がどのような人か知りたかったら、お別れの挨拶をした後その方がどのようにしているかを見なさい。
 
人生の師匠ともいえる、大変尊敬するT先生がおっしゃっていたことです。
先生は、人は別れ際にその人の人となりが一番表れると言います。
例えば、刑事コロンボ。
殺人容疑で完璧な理論武装をしている犯人の質疑が終わったあとに、いったん帰りかけて振り向きざまに言うお決まりのセリフが『Just one more thing.』。
「あ~、そうそう、もうひとつお聞きしたいことが」と尋ねる。
犯人たちはたいてい皆社会的地位があり、とても頭の良い人たちばかりです。まともにぶつかっても上手に逃げられてしまいます。
質疑でイライラさせたりしたあと、ホッとしているところを狙ってのこのセリフに、思わずボロが出てしまうのだと言います。
 
ビジネスでいうと、例えば、お見送りいただいたあとのエレベーターが閉まる直前の表情。
 
私自身、最近企業でのお仕事が増えています。
企業の方というのは「お客様相手にこの道何十年。筋金入り営業のプロフェッショナル」のような方々がいらっしゃり良き学びをいただきます。私も、完全にドアが閉まっても数秒間は心を込めた姿勢を貫くようにしています。
 
日本の武道において「残心(ざんしん)」という言葉があります。技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態のことです。
 
残心のように、分かれたあとも「あなたとのご縁に感謝しています」という心の余韻を慈しむ気持ちというのが必要なのだと思っています。
 
これが嫌味なく自然にできる方というのは本当に素敵です。
 
最近でいうと、会社経営者でもあり茶道家元をなさっている方の初釜にご招待されたときが美しいと思いました。
 
宴も終わり、御礼とお別れのご挨拶を申し上げ、玄関の門を出て15メートルほど歩き路地の角を曲がるそのとき。ふと素晴らしかったその会をもう一度想い出し振り返りました。すると、亭主と奥さまが寒いところを家に入らず道路に立って見送っておられたのです。私は心をこめて会釈し、角を曲がりました。曲がった後も亭主の温かい気配を感じましたので、見えなくなってもしばらくは立っておられたと思います。
「残心」を感じ、その瞬間一生の思い出になるような会にしていただきました。
 
講演でお伺いしたある企業では、私ともう一人の講演者がタクシーに乗ったあと、何の期待もなくふと振り返ると、代表のMさんとスタッフの方々がまだ立って見送っておられました。こういうときはたいてい誰もいないのが普通です。
代表のMさんはもともとJ社ご出身で、さすがの「おもてなしの心」を見せていただきました。
今、社会に貢献するような素晴らしい活動をなさっておられます。
 
しかし子供の頃、ピアノの師匠に「あなたがどんなにホールの天井まで舞い上がるほど緊張していたとしても、お客様はあなたの足先、指先までご覧になって感じています。演奏がもし思い通りにいかなかったとしても表情に出してはだめです。袖に入って姿が見えなくなってしばらくしても気を緩めてはだめですよ」と、お教えいただいた思い出があります。
 
今思えば、なんと人間として本質的なことを教えていただいていたのだろうと、子供のときおっしゃっていただいたことが今更ながら身に染みてきます。
 
「それではさようなら」と言った後、ホッとして素に戻っているときの姿をみれば、その方の本当の姿が分かる。
ビジネスも音楽も同じ芸術なのだということを最近心にとどめています。

Comment(2)

コメント

こんにちは。おじゃまします。
そうなんですよね。私もすごい気にしてます。最近はエレベータのドアが透明なところもあって、嫌でもばっちり見えてしまうときもあるのですが(苦笑)。
昔、役員報告を終えたあと、その本社ビルの出入り口まですべての役員さんがお見送りに来られて、お辞儀して別れたあとも我々が路地に消えるまでずっと直立不動で見守ってくださったクライアントがいます。その後はご縁がないのですが、とても印象的な体験でした。

トラパパさん
心が残る方との素晴らしいご縁は大切なものですね。そういう方とは、いつかはまた導かれるように繋がるときが訪れるのではないかと信じています。

コメントを投稿する