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「彼は私がいないと駄目になる」 女性が弱い男性に惹かれる理由

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「彼は私がいないと駄目になる」
「私がなんとかしてあげなくては」
「彼を理解してあげられるのは私しかいない」
 
ドラマや映画などでもあるように、「なぜこんな人を選んだの」という言葉に女性がよく言うセリフです。
もしかしたら男性でもそういう面はもっているかもしれません。
 
恋愛に限らず、仕事でも、「この方々は私を必要としている」「この組織は私がいないと駄目になる」と思う、いや、思い込むことは確かにあると感じています。
 
しかし、相手は本当に「必要としている」のか?
「駄目になる」のか?
 
 
作曲家のショパン(1810~1849)と、女流作家のジョルジュ・サンド(1804~1876)の歴史に残る恋。
 
サンドは人気作家で社交界の寵児であり、政治・文化活動の中心的人物でしたが、なぜか繊細で病弱な音楽家ショパンに心惹かれ、二人は付き合い始めます。
サンドは様々な男性遍歴をそのまま小説にしてしまうような女性。結局、ショパンだけに満足できるわけがありませんでした。あるときサンドは、明らかにショパンをモデルとしたと思われる情けない男を描いた小説を書き、ショパンは激怒します。
ショパンの嫉妬や猜疑心がふくれあがった末、二人の関係は9年間で破局を迎えるのです。そして、サンドと別れたあとのショパンは廃人のようになってしまい創作意欲は極度に衰えます。
 
ショパンにとってサンドとの9年間は、彼女の献身的な擁護もあり、次々と最高傑作を生み出していった時期。奇跡のような出会いがその後の人類に幸福をもたらしました。
 
「私はある人のために悩まなくてはならない。悩み疲れきったある人のために、母のような愛情をそそいでいく必要がある。」とサンドは書き残しています。
 
実は、サンドの生い立ちは複雑な家庭環境にあり、心の底では愛情を欲していた。サンドとつきあう多くの男性は年下であり、自らが母親役になることで自分の愛を確認していたのでしょう。
だから、サンドにとってショパンは「必要であった」のではないかと想像します。
そこには、素朴に「母性本能」という言葉で片付けることができない暗く深いエゴを感じるのです。
 
 
相手は本当に「必要としている」のか?「駄目になる」のか?
 
ふと冷静に考えたとき、私でなくとももっと上手に導いてあげられる人はいるであろうし、立派に生きていくことは出来ると思います。
 
それは、相手が必要としているしていない関係なく、「必要とされたい」という心の声なのではないか。
必要とされているということを確認し、空虚で自信のない自分の存在価値を認めたいのではないか。
そのために苦労を背負っても、自分が犠牲になっても尽くすことに喜びを感じる。手のかかる子供のように、献身的に育て上げることで達成感を覚える。
 
その根本には、他者に認められ感謝されることで幸福感を得たいという自分のエゴがうごめいているのを感じます。
 
「彼は(彼らは)私がいないと駄目になる」のではない。
 
必要としているのは自分だ。
駄目になるのは自分だ。
 
「私がいないと・・・」のエネルギーで成長できることも悪いことではない。それは人間ならだれしも持つ業だと感じます。しかし、そんな自分を見つめるもう一人の自分がいないと相手を食いつくすこともある。良心すなわち善ではない、ということをいつも心に問うていきたいと思います。

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