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こんなの普通でしょう?という感覚に染まってみる能力開発戦略

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両親が優秀だと、その子供たちも優秀だということが良くあります。
 
それは、高い目標にチャレンジすることがしんどいことではなく「当然でしょう?」という日常感覚になってしまっているからだと思います。
 
兄弟で習いに来ていたあるピアノの生徒はご両親が揃って優秀な方だったのですが、その子供さんたちいずれも、ピアノを続けながら、普通は簡単に入学できないような難関と言われる大学に見事に合格されていました。
もちろん、思い通りにいかなくて苦労する場合もあると思いますが、人は置かれた環境に見事なまでに順応します。

実は、「こんなの普通でしょう?」いう感覚が、いつのまにか能力を伸ばしているのではないのかということに最近気がつき始めました。
 
これは、子供だけではなく、大人でも同じだと思います。
 
ある会社員の知り合いは、「自分の上司が仕事が出来てスピードも速いし、大変な思いをしたけれど、そのスタイルは今でも影響を受けている」と言います。
 
「明日までにやっておいて」と言われたプレゼン資料を、次の日、見事に根底から直される。またその出来が天才的に素晴らしい。自分でやったほうが速いのにと思うほどだけれど、任されるたびに上司の仕事のコツやリズム感が自然に身についたと言います。
そして、「一緒にいるだけで、自分も出来るような気がしてくる」と言うのです。
その方が他の会社に転職するときは「一緒に行きたいくらいだ。」と話していました。
 
青柳いづみこさんのご著書「ピアニストが見たピアニスト」によると、ピアニストのマルタ・アルゲリッチは、
「何でもバラバラバラッと弾けてしまう。オーラも漂っていて、彼女が横にいるだけで、本来弾けるはずのないところまで弾けるような気がした」
というくらい、影響力があったようです。
これは、私は自分の師匠がすぐに目の前で、なんでも初見で弾けてしまう人でしたので、よく分かります。
 
素晴らしい人と一緒にいると、自分も出来てしまうような気がする。見ているとあまりにも簡単に見事にやってしまうので、自分もすぐに出来るような気になり、意外にそういうときの方が、力が抜けて上手くいってしまう。
 
「コンプレックスが刺激され、自分との差が歴然として辛くなるのではないか?」と思いきや、本当に出来る人というのはたいていある種の良いオーラがあり、人物が自然体なので、そんなことを感じたことはありません。もし、少しはあったとしてもそれは自分の問題で、確実に影響は受けて良い成長をいただいています。
 
近づきにくいと思うことがあるかもしれませんが、私はこの人は素晴らしいと思った方とはご迷惑にならない程度に、はしたなくない程度に、可能な限りお時間をご一緒するよう努力します。
そこで自分のコンプレックスやエゴが邪魔をすることは、とてももったいないことだと考えます。
 
「朱に染まれば赤くなる」という言葉もあるほど、人というのは影響を受けやすいものなのです。
それが良い方向に染まるようにするのも戦略なのでしょう。

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