オルタナティブ・ブログ > 大人の成長研究所 >

ライフワークとしての学びを考えます。

「変わってる」と言われたら喜ぼう

»

「あなたは真面目だからね」
 
そう言われて考えてしまったことがあります。
 
通常の生活では褒め言葉かもしれませんが、音楽的に言うと決して褒めてはいない。
 
仕事をご一緒し、私にとって「音楽」の師匠とも言える指揮者のY先生は、

「真面目じゃ音楽はだめなんだよ。」
 
「ボクはピアニストは普通じゃないと思う。膨大な音の数とこれほど大きな楽器を扱うには女性であっても山を動かすほどのエネルギーがいる。」
 
と口グセのように言っていました。
 
 
クレイジー。
もしかしたら、これが音楽家にとっての褒め言葉かもしれません。
 
クレイジーなピアニストと言えば、ホロヴィッツやグレン・グールド、マルタ・アルゲリッチが挙げられると思いますが、私が最高にクレイジーだと思うピアニストは、旧ソビエト出身、スビャトスラフ・リヒテル(1915~1997)です。
 
普通の上手なピアニストは、安定していて予測どおりにことが進んでいく。
しかし、彼の演奏はこちらの想像を遥かに超えてきて「何これ!?凄いな~!」と思わせてくれるのです。
 
リヒテルは、22歳まで正規の音楽教育を受けず、ピアニストにとってまずやらなくてはならないテクニックの基礎である「ツェルニー」など弾いたこともない。最初に弾いたのがピアノ上級者が弾くようなショパンのノクターン。ピアノばかり弾いていたので、母親に「早く寝なさい」と怒られるほどでした。
 
たいていのピアニストは幼い頃から親と先生がつきっきりで英才教育を施します。旧ソ連は特に音楽教育のメソッドがしっかりしている国でしたが、リヒテルは「幸運にも」そのシステムからは外れた人だったのです。
そして、さらに幸運だったのは、国の政治的な理由で35歳まで国外での演奏を許されず、また当時は過剰な情報が入ってこなかったことが、さらにリヒテルの個性を際立たせていったのだと想像します。
 
リヒテルの演奏は、調子が良いときとそうでないときがはっきりしていました。
一度最高の演奏を経験してしまうと、次が怖くなる。今回も「降りてくる」だろうか?と考えてしまう。
本番の前は極度に神経質になり、キャンセルも多かったと言います。

変わった行動の多い人で、指揮者の岩城宏之さんがリヒテル共演したときは、次の日が演奏会にも関わらず、幼稚園のボロボロのアップライトピアノでムソルグスキー作曲の「展覧会の絵」を一晩中聴かされた経験などをエッセイに書いておられます。ひとたび夢中になると、コンディション調整など関係ない人だったようですね。
 
自分を狂気の寸前まで追い詰めるその諸行は、常に危険をはらんでいます。爆発的なパッションは、自分に対する冷静なコントロールを失わせるからです。
プロの演奏家は、「100のうちの20は冷静さを持て」と言われています。
しかし、リヒテルの凄い演奏の場合、リミッターが完全にブチ切れている。
アイルトン・セナが、危険なコーナーでさらにアクセルを踏み込むのに似ている、とまで思えます。
 
人は「もう死んでもよい」と思える瞬間に、素晴らしい道が開ける。
そこに、勇気を持って突っ込んでいけるか。
理想に向かってリミッターをはずすクレイジーさを持っているか。
 
私は、自分が「真面目だね」といわれるのは、まだ安全なところでやっているのだと思います。
 
夢を与えるような人は、「変わっている」といわれる人が多い。人に「変わってるね」といわれたら喜んでみようではありませんか。

Comment(0)