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ライフワークとしての学びを考えます。

弱いのは弱々しいのではない 強いの半分という意味

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弱い音にどんなイメージを持っていますか?
 
私は弱い音とは「内なる強い声」だと考えます。
 
2012年4月21日合唱団コール・リバティストに東京混声合唱団の志村先生をお招きしての練習を行いました。
 
この日の練習で志村先生は、ピアノ(P=弱く)の音は、「決して弱々しくならないで」と繰り返しおっしゃっていました。
 
ただ単にピアノと言っても、いろいろな種類があります。
 
例えば、「曼珠沙華」に出てくるような、怨念にも似たパワー感のある音。「中国地方の子守唄」にも出てくるような、子供が遊びにいきたいのに我慢して働かされているいじらしい音。「早春賦」における、春が来たあとの踊りだしたいほどの喜びや、香りのある余韻。
 
ピアノという指示が譜面にあると、すべて同じように「はい、弱くします!」と歌ってしまうことが多いのですが、本当はものすごく強い中身を持っているのですね。
 
私は、強い内なる声や思い、そして本当は叫びだしたいくらいなのを、ぐっとおさえながらパワー感を秘めて歌っているのがピアノではないかと思っています。
 
1946年にジュリアード弦楽四重奏団を結成し、50年にわたり第1ヴァイオリン奏者を務めたロバート・マンさん。
日本で言えば人間国宝のような方ですが、そのマンさんが、「ピアノはフォルテ(f=強く)の半分という意味。小さく強く演奏する」と言っていたそうです。
 
よく演奏会で聴く弱い音とは、フニャフニャとしたり、かすれたりしがちです。
 
私はレッスンで、「この部屋だと丁度良いけど、広いとこ(ホール)だと聴こえないよ。」と、よく言われました。
狭いレッスン室で弾いていても、広いホールをイメージしながら演奏するわけです。限界はありますが、何も考えずに練習しているのとしていないのとでは格段の差があります。準備していれば、本番前にリハーサルをしてもそんなに慌てることはありません。
 
歌の場合に特に大事なのは、弱くても「語りかけること」「リズム感を持つこと」「メリハリをつけること」だと思います。
 
ピアノは、弱いけれども、強い思いを持った、凝縮したエネルギーが必要なのですね。
作曲家は、本当に言いたいところ、大事なところにピアノの指示を書くことが多いのです。

音楽は、大事だと思ったところからは絶対に集中力を切らしてはいけません。
だから疲れる。疲れて正解なのです。
 
この日の稽古が終わったときに、皆さんが、充実しながらも疲れきった表情をしていたのを見て、「ああ、良い稽古だったんだなあ」と実感しました。
 
1年かけて練習して、音楽が練れて、暗譜も出来て。
こんな状態でレッスンしていただけるチャンスはそんなにないと思います。
経験豊かな先生の持つ素晴らしい面を引き出したのは、皆さんです。
 
良い練習ができたと思います。

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